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5.金色、ふたり

 騙したわけじゃない。

 指示された仕事を、忠実に遂行しているだけだ。


 この血はいったい、誰のもの。


 この身はいったい、誰のもの。


 心はどうか、自分のもので。


 他は全て、捧げているのだから。誰かに文句を言われる筋合いは、なかった。ただ、あの方は何とも無邪気に笑うから。

 少しだけ、心臓が宙に浮いた、だけだった。




 長椅子に横たえていた身体が、ゆっくりと起き上がるのを眺めながら、エリザベートは長椅子に頬杖をついた。

(……ちょっと、疲れた)

 ぼんやりと長椅子の上の人物を眺めていると、視線がこちらに向けられる。紫の瞳。穏やかな夜の始まりの色。

 顔にかかる金髪を無造作にかきあげているヴェニエール皇帝。エヴァンシークが、そこにいた。

 エヴァンシークはじっとエリザベートを覗き込み見つめたかと思うと、小首をかしげる。

「……疲れているな」

「開口一番それですか」

 疲れてますよ、と口だけ笑う。きっと歪んだ顔だろうと、エリザベートは自覚していた。あぁだから、いらないことを口にしてみようと。その唇は、さらに歪んでいく。

「言われた通り、陛下はここにはいないことになっています。ちゃんと、誰にも知られて、いませんよ」

 エリザベートの言い方に含みを感じた、エヴァンシークは眉をひそめる。「誰がきた」と侍女に問いかけた。

「お姫様が」

 にっこりと、エリザベートは微笑む。エヴァンシークの表情が変わるのを見届けてから、さらに言葉を続けた。

「可愛らしいお方です。騙されたことや裏切られたことがないはずないでしょうけど、それでも、ここにいるあのお方はなんだか安心しきっていますね。きっと、自分を疑うことに一生懸命で、周りを疑う余裕がないだけでしょうけれど」

 このままではきっとそのうち、取り返しのつかないほど傷付き果ててしまうでしょう。

「あのお方と話していると、大変疲れます」

 長椅子のわきに膝をついたままの侍女は、長椅子に座るエヴァンシークを下からじーっと見上げる。

 だから、と、何の脈絡もないのに続けた。

「陛下ならいませんよ、って、言っておきました」

 見つめられていたエヴァンシークは、エリザベートから視線をそらし、口の端をわずかにあげる。

「……騙したのか」

 失礼な、とエリザベートは口を尖らせ、人聞きが悪いですよと、むくれた。

「私に嘘の吐き方を教えたのは、あなたでしょうに」

 また、この顔は歪んでいると、エリザベートは自覚する。顔を覆いたくなるが、エヴァンシークから目を離すことができなかった。

「だから、あなたがきっと」

 小さくつぶやく。聞かせるつもりはないが、聞かせないつもりもないほどの、独り言のような声量で。

「あなたがきっと、あのお方を傷つけるのです」

「お前ではないと」

「ええ」

 視線をこちらに向けない陛下に、エリザベートは肩をすくめる。

「私ではありません」

 そうだろうな、と、陛下も苦笑した。

「優しくしようとは、思っているんだが」

 その横顔はどこか、痛そうだった。弱い言葉だった。情けないですねぇ、皇帝陛下は、とエリザベートはため息をつく。

 その言葉を聞き届けて、ようやくエヴァンシークはエリザベートの方へ視線を戻した。

「お前ほどでは」

 言って、どういう意味かとエリザベートが理解する前に視界が封じられる。何事かと瞬くと、頭を混ぜっ返された。

 ぐわしぐわしと、不器用な左手が、エリザベートの髪をぐしゃぐしゃにしていく。

「……さいあくですね」

 ため息とともに、その手から逃れようと身体をよじった。ずりずりと後退すれば、意外にもすぐに抜け出せ、ぴょんと視界に入った髪に、自分の髪の惨状を容易に察することができた。エヴァンシークを睨みつける。

「どうしてくれるんですかこの頭!」

 はっはっはと笑う皇帝に、エリザベートは怒る気力もそぎ落とされ、はぁ、とその場で膝を抱えた。

「そんな崩したくなるような頭で俺の前にくるのが悪い」

「仕事中だから仕方ないでしょう」

 そもそもこちらに篭城したいからと人払いをして私を呼んだのはあなたでしょうに。とため息をついて、髪留めを外しはじめる。色んな所をとめていたため、少しずつ金髪はさらりと重力に従い落ちていった。

 立ち上がり、広い机に髪留めを置いていく。チャラリとした音に、数が足りているかどうか確認する必要を思い出した。

 手ぐしで髪を整える。これをまたまとめあげなければいけないのかとため息が口をついて出た。髪を結い上げるのは好きだけれど、それは他人であった場合だ。自分の髪をいじった所で傍目に成果を拝めないのであればそこに何の価値もない。

「エリ」

 呼ばれて、気怠げに振り返る。二人きり以外のときに偶然出会うことなど滅多にないが、人前でそんな風に呼んでくれるなよと、自然と視線がきつくなる。



 皇帝陛下を敬っていないのかと言われれば、そんな所だと答えよう。

 近すぎて、こんな場所で敬ったりなどしてしまえば、きっとこの人は傷つくだろうから。


複雑な、感情。




今回も取り急ぎ! 誤字脱字確認してないので(後日します)もしもあったらすみませんご一報いただければと思います。

読んでくださりありがとうございました!

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