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4.金髪の侍女がもたらしたものと新たな想いと



 それにしても、とエリザベートは肩をすくめる。そこで一度言葉を切って、小さく息を吐くものだから、わたしは首を傾げて、彼女の次の言葉を待った。

「困ります」

 ぽつりと、独り言のようなつぶやきに、さらに首を傾げたくなった。実際は首を痛めてしまうためしないけれど。

「そんな風に、まっすぐに言われると、困ります」

 言いながら、苦笑される。わたしは首を傾げたまま、小さく笑った。けれどエリザベートは笑うわたしに向かって真剣な顔をする。

「姫様、ここは帝国の政治の中枢です。くれぐれも、自らを過信せず、人に簡単に心を許すことなく、どうか、強い心をお忘れなく。でないと、心配で心配で、気が休まらなくて困ってしまいます」

 どうか、と彼女は念を押す。突然に思えたその言葉に、わたしは返事ができない。困ったように視線を巡らして、「寂しい所ね」とだけ、ようやく言えた。

 人を常に疑わなければ、国は立ち行かないと言うことであるなら、国と言うのはとても寂しいものだと、思った。

 対するエリザベートの答えは、つれないものだった。

「春が来たと同時に、人々の心が浄化されるわけでもありませんから」

「花が咲いた、程度だものね」

「けれど、これからでしょう」

 わたしの気持ちが沈みそうになると、エリザベートが引き上げるようにして付け加えた。

「暖かな日差しは花を咲かせます。堅いつぼみは、少しずつほころんでいくことでしょう。これからです。あなたは、きっと、帝国中から感謝される」

 ご存知ですか? と、エリザベートはわたしを見た。何のことか分からず、首を横に振る。

「国中から、あなたへ贈り物がやまないのです」

 は、と瞬いた。そんなことは今の今まで聞いたことがない。贈り物。なぜ。また、どうして。

「春をもたらした花嫁に、祝福を。城下では、新しく産まれた子どもへ、姫様から祝福をいただけないかという声もあります。教会へ行く人も増えました。皆、口を揃えて感謝の言葉を。姫様に直接言えないのであればと、教会の祭司や見張りの兵に、役所の受付に、姫様にお伝えくださいと。実は今、大変な騒ぎになっているのですよ。社会現象と行っても過言ではないでしょう」

 言われて、瞬く。そんなことをよくも、と思った。苦笑とともに、よくも、そんなことを、と。

「よく、それで、バザーに出品して売り子をしましょうなんて言えたわね……」

 あぁ、とエリザベートは笑って首を傾げた。この様子では、確信犯だろう。まったくもう、と腰に手を当てる。

 まぁまぁ、とおだててくるエリザエートの手を無視して、身を翻した。

 帰るのだ。このまま話していればおだてられて上手いぐあいにのせられてしまう。我に返ればとんでもない所まで流されてしまう気がした。自衛しろというならしてみせる。

 扉に手をかけて、半身だけ振り返った。

「夕方に、部屋にくるのね」

「へ? あ、はい! 伺わせていただきます」

 金髪の侍女はこっくりとうなずいて、それを見たわたしは分かった、とうなずき返した。

「じゃぁ、待ってるから」

 そうしてわたしは、エリザベートと別れて、閉架図書室を出た。自室へ向かいながら、刺繍のことを考える。どんな図案が民に好まれるかなど、考えるのは初めてだった。

 花が良い、と、思う。

 この国に春をもたらしたわたしだから、きっとそれが似合いだろうと。

 この国の人々が見たことのない花を、沢山、一針にこめよう。ハンカチや、布巾、巾着。さりげなく持てるものに。使ってもらえるものに。

 自覚もなく感謝されるくらいなら、幸せを願いたいから。


 王族に連なるからには、民のことを思おう。


 陛下や、ミーリエルに感謝を伝えるために何をしようかって話だったはずなんだけど。一人小さく苦笑する。廊下の端に立ち止まって窓から外を眺める。花はほとんど散ってしまっているけれど、溢れる緑に、ふりそそぐ暖かな日差しに、目を細めた。


 自覚もなく春を呼んだわたしが、国中から感謝をされていると言うのは、思いのほか据わりの悪い心地がした。

 贈り物をされていると言うのなら、それなら、これからまた、それに見合う働きをしたい。


「相手が、増えたなぁ」


 素晴らしいことだと思う。書庫にこもって文字を追うのも幸せだったけれど、人と触れて、考えて、歩いて行くと言うことは、なんだか、とても。

「ここで、こうして、いきていく」

 ほんの少し前までは、王国に帰りたいと嘆いていたのに。帰りたいと言う気持ちは、今でもなくなったわけではないが。

「できることを見つけると言うのは、それだけ意味があるのかもしれない」

 提示してくれたエリザベートにも、報いる何かが、いつかできたら良いなと、わたしは小さく拳を作った。







 ウィリアローナが去っていった閉架図書室で、エリザベートは小さくため息をついた。

 本棚の合間を縫って、一冊、また一冊と本を抜き取っていく。

(別に、頼まれた仕事じゃないけど)

 言うなれば、嫌がらせだろうか。小さく笑って、数冊抱え、階段を上がっていった。

 階下よりも数段明るい部屋。大きな窓に、大きな机と、揃いの椅子。壁際の地図。

 そして、とエリザベートは本を机に置き、壁際の長椅子へと近づいた。傍らに膝をついて、手を伸ばす。


「陛下、そろそろ起きてくださいな」



読んでくださってありがとうございました。

誤字脱字などございましたらご一報いただければ幸いです。

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