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3.予想通りの歓迎


 思考を止めた。



 お姫様のかわりに馬車に揺られ、帝都に行き、皇帝と婚約する。

 そこまで想像して、ありえない、という言葉とともに自嘲するような笑みが漏れた。だって、一生誰とも結婚しないつもりだったのだ。

 恋なんてしない。

 好きな人なんてできない。

 そう言って、誰に何を言われようとも。

 公爵家。兄が二人、姉が一人、弟も二人人いて、わたし一人異端であってもそれが許される立場にいた。それだけ利用して、それ以上望まないと決めた。

 なのに。


 まどろみから目覚め、ゆっくりと体を起こす。馬車はまだ揺れていたが、人のざわめきがきこえてきた。もう、帝都に入ったのだろうか

 あれから、何度寝て、起きて、休憩をして、食事をとったか、記憶が曖昧だ。

 とうとうきてしまった、という思いと、早く帰ろう、という思いが混じり合い、わたしの思考回路はぐちゃぐちゃになっていく。

 必要な世話だけ、若い少年兵がやってきたことは、ぼんやりと覚えている。本来言葉を交わしてはいけないのだろうに、わたしの顔を見た瞬間「大丈夫ですか」と心配顔で問いかけてきた。

 自分より年下の少年の手で、涙のあとを拭われ、食事を取った。何も言葉を口にしない私の隣で、やはり何も言わず、黙々とすべきことをこなして行く。

 わたしが過度の干渉を望んでいないことを察しているかのように。

 何もかもを、拒絶していることを分かっているかのように。

 賢い少年だと思った。

 ぼんやりと考え込んでいると、馬車が止まる。はっとして顔を上げると、馬車の扉が軽く叩かれ、先ほど思い浮かべていた少年が顔を出した。

「ウィリアローナ様」

 声をかけつつ、わたしが見つめていることに気がついたのか、少年の顔がほころんだ。

「具合はどうですか。なにか、気になる点はありますか?」

 問いかけに、首を振る。ずいぶん心配をかけたのだろう。手を伸ばされた。

「もうすぐ帝都です。今、最後の町を通過しました」

 宿を取らないのは、護衛の問題だと王都を出る際言われた。ハプリシア様もいないし、わたしも特に不満はない。そんな旅程を前提にした馬車であるため、問題ない。

 ぼんやりと思いながら、一度、瞬いた。ゆっくりと視線を巡らせる。

「あなたの」

 呟きながら、少年の目を見た。黒い前髪に隠れるようにして輝く、琥珀色の瞳とぶつかる。

「あなたの、名前は?」

 久々に言葉を発した気がする。のどを気にしながら、ゆっくりと問いかけると、目に見えて少年の表情が輝いた。初々しい動きで、貴人に対し敬意を示す礼をとる。

「自分は、ニルヴァニア王国近衛騎士団所属、ヘイリオ・ナギク騎士見習いであります」

「わたしはウィリアローナ。シュバリエーン公爵の第四子、ウィリアローナ・ヘキサ・シュバリエーン」

 名乗り返すと、きょとんと瞬かれた。「存じてますが……」きょとんとしたままいわれ、思わず吹き出した。

「名乗ってない相手に名乗られたら、名乗り返すのが礼儀だわ」

 そう返すと、「そう言うものですか」と言われ、「覚えておきます」と真面目な顔でうなずかれた。

 真面目な子だなぁ。

 彼がいてよかったと思う。自分を心配してくれるという存在は、良いものだ。





 帝都にたどり着き、城門の前で馬車からおろされた。右手をとって支えてくれるのはヘイリオだ。こちらの国の議会で力を持っているという優男に出迎えられ、無意識に握るヘイリオの手へ力がこもる。

 視線は交わさない。わたしはヘイリオを見たりしないし、ヘイリオもわたしを見ることは許されない。そもそも、こういった重要な場で、騎士見習いが付き従っていること自体が異例なのだ。本来であれば、もっと地位の高い、それこそ騎士隊長クラスが立つべき場所に、ヘイリオは立っている。

 第一王子リンクィン殿下の手配とはいえ、これから騎士団内での立場の変化は明白だろう。地位に見合わぬ誉れに、周りは扱いに困るだろうし、本人もその変化に戸惑うに違いない。

 それで十分だ。これ以上わたしが、この優しく賢い少年の全てを台無しにするわけにはいかない。

 わたしは、ヘイリオを振り返ること無く、彼の手から離れた。


 優男の後ろを付き従い、歩く。少しして、付き従う侍女が徐々に増え始めた。その光景に、どこか違和感を覚える。

「絶世の美女、ハプリシア王女が来るはずだったにも関わらず、到着直前で公爵家の姫君が来ることになったと聞き、選ばれていたプライドの高い侍女のほとんどが職務放棄したのですよ」

 嫌みのある、冷たい口調だった。「今、慌てて侍女を集めているところです」と続けられるも、ホッと息を吐く。歓迎されていない。わたしは、ここに。

 同盟の一件さえちゃんとすれば、あっさり返してもらえないだろうか。そこまで考え、そんなわけないか、と肩を落とした。


 皇宮での生活は、おおむね快適といえた。

 侍女は必要以上に干渉してこず、後宮に移るのは婚約式のあととなるため、日々の大半を与えられた客室で過ごすことになる。退屈ではあるが、読書をしたり刺繍をしたりとそれなりに好きなことをして過ごしている。

 ここにきてから数日たつが、いまだ、皇帝陛下と顔を合わせてはいない。侍女は呼べばくるが、わたしが呼ばないため、湯を使うときと食事をとるとき、朝着替えるときにしか顔すら合わせない。

 このまま、つまらぬ娘だと突き返せば良い。

 シュバリエーン家で、のんびり過ごす毎日に、戻ることができると良い。

(それとも、問題を起こさぬ都合のいい姫だと思われるかしら)

 それではだめだ。立ち上がり、おもむろに外に出た。扉の両側には騎士が控えていたが、気にせず止まること無く歩き始めた。騎士が一人追いかけてくる足音に気づいてはいたが、声をかけてこないのでそのまま歩き続けた。

 しばらく適当に歩き続け、厨房や洗濯場といった下働きの者たちが働く場所まで行き着いて、ようやく騎士が口を開いた。

「どちらへ」

 そうだなぁ……。

「戻ります」

 特に、ここで行きたい場所は無かった。わたしが生きたいのは、王国であったから。


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