2.見つけ出されたもの
取り急ぎ。誤字脱字あとで確認します。
どうしてこんな所にと、エリザベートはわたしの側へとよってくる。ちょっと、と答えながら、わたしは目をそらした。ふうん。と首を傾げてみせるエリザベートに、見透かされている気分になる。
エリザベートの笑顔に、わたしもつられて笑う。器用な髪結いの侍女は、いっそうにっこりとして、わたしの顔を覗き込んだ。
「陛下なら、いませんよ?」
告げられた言葉に、思わずきょとんと瞬く。ゆっくりと三回瞬きをして、ほーっと息を吐いた。よかった。これからここで、考えようとしているのだから。ミーリエルのように立ち入りを禁じられている侍女も多く、ここにはきっと他に人はこない。と思う。多分。
よし、と一人うなずいていると、エリザベートが不思議そうにこちらを見ていた。
「陛下に会えなくて、よかったような顔ですね? お嫌いですか」
「そんなこと! た、ただ、緊張してしまうだけで」
想いもよらないエリザベートの言葉を慌てて否定しながらも、思わず言葉を濁した。最近陛下に対して嫁いだと言うことを意識してしまっていけない。
ふうんと首を傾げるエリザベートを見ていると、彼女はおもむろに「それで」と口を開いた。
「今日は、どうしたんです?」
「えっ」
……と。とっさに言葉が出てこず、口ごもったわたしに、エリザベートはふわりと本棚へと向き直った。一冊、二冊、と本を選び、その腕に抱えていく。
何も言わないわたしを横目で見て、彼女は小さく笑った。「まぁ、予想はつきますけど」前置きして、本を抱えたエリザベートはわたしの方へ向き直る。
「エルから逃げてますね」
「誤解です!?」
躊躇なく断言され、反射で言葉を返していた。慌てて口元を抑えれば、エリザベートが少し驚いたような顔をしていた。「そうですか?」と言いながら、彼女は続ける。
「エルにびっくりしてもらおうと何か企んでませんか。先ほどの反応からすると、陛下にも」
ほとんど言い当てられてしまい、あああとわたしの口から声が漏れた。
内緒にしたいのに!
思わずエリザベートを見てしまう。にっこりといたずらっけのある瞳と目が合った。言いそうだ。面白可笑しく、この侍女はきっとミーリエルに話すに違いない。
まだ何をするかも決まってないのに!
「言いませんから、安心して考えてください」
パニックに陥っている所へ、降ってきた声に顔を上げる。無意識に頭を抱えてしまっていたようで、側にエリザベートの姿はなかった。
響く足音につられて、階段の方を見る。本を手に持っていないエリザベートが、上の階から降りてきている所だった。
ぽかんと見つめていると、あれ。とエリザベートが楽しそうに首を傾げる。
「内緒なんでしょう?」
違いました? と聞かれて、慌てて首を縦に振ったり横に振ったりした。
それなら、と途中で早足になって、エリザベートが私の隣に立った。
「内緒にしますから、私にも手伝わせてください」
思いもしなかった言葉に、わたしはええとと言葉を探す。手伝うも何も、だからまだ何も決まってないのに。
「姫様。何か得意なことはないんですか?」
「ないです……」
即答ですか、というエリザベートの苦笑に、身体を小さくする。エリザベートはそんなわたしを優しい目で見ていた。そして、また、ふわりとお仕着せを翻して、本棚に向き直る。背表紙を眺めながら本棚から本棚へ、順番に見て行く彼女は、やがて本棚の陰へと姿を消してしまった。わたしも、エリザベートを追う。ただ本棚の数が多すぎて、すぐに見失ってしまった。
エリザベートの姿を探して、本棚の間を彷徨い始める。
「わたしにできることなんて、本当に、何も……。暇つぶしに本を読んだり、刺繍をするぐらいで」
本の虫では、ない。と、言いたい、けど。それしか能がないと言えば、否定はできないのかもしれない。
「刺繍。おやりになるんですか?」
小さくため息をついていると、それなら。と本棚の陰からエリザベートが顔を出した。急に目の前に出てこられたために、わたしは思わず足を止めた。
本を数冊抱えたエリザベートは、わたしの横をすり抜け、階段をのぼって行ってしまう。
「小物でもお作りになられます?」
必要なものは私の方で用意しますけど。と、声だけが聞こえて、今更ながら、わたしは彼女が忙しいのだと言うことに思い至った。先ほどから作業をしているではないか。
「い……忙しいのに、邪魔してごめんなさい!?」
「ひーめーさーまー」
エリザベートの驚くほど低い声に、はいっとわたしは返事をしながら彼女の姿を探した。室内は狭くもないがそこまで広くもないため、声は聞こえる。でも、遮蔽物が多すぎて、姿はやっぱり見えない。本棚は、どれもエリザベートとわたしより背が高いし。
「エルと、陛下をびっくりさせるのですよね?」
「え? と、いうよりも、ええと、お礼を、したくて」
「お礼、ですか?」
彼女の姿を探すことは諦めて、わたしはため息をつきつつその場に座り込んだ。上に行けば長椅子も広い机もあることを知っているけれど、エリザベートが本を上へ運んでいると言うことは、彼女がそこで何らかの作業をしていると言うことで、もしかしたら大切な書類がそろっているのかもしれない。邪魔はしたくなかった。
「なるほどねぇ」
小さな、エリザベートの独り言が聞こえた。
「ひめさまー?」
本棚の足下に座り込んでいるわたしを見つけて、エリザベートが隣に膝をつく。ポケットを探って、一枚の白い布を差し出してきた。
「これ、なんだと思います?」
問いかけてくるエリザベートは、どこか楽しそうだ。
「?」
ハンカチのように見えた。受け取って、広げる。
四隅の一つに施された、刺繍の柄を見て、瞬く。
「エルが大事にしてました。姫様が刺したものですよね」
それは、ほんの数ヶ月前、足を捻って動けなかったときのものだ。たしか、ミーリエルが目を輝かせて手元を見つめていたため、欲しかったら好きにすれば良い、と言ったのだった。まさか本当にこんな風にハンカチにして持っているとは思わなかった。
「とても、素敵だと思います」
エリザベートの言葉に、苦笑する。こんなもの、子どもでもできる単純な図案だ。ゆるりと首を振った。
「こんなものをお礼の品だと言って、お渡しできないわ」
「そうでしょうか」
エリザベートがわたしの顔を覗き込んでくる。強い眼光に、目がそらせなかった。
「見れば分かりますよ。見くびらないで、いただけますか」
つまり馬鹿にするなと、彼女は笑顔で、わたしに言うのだ。