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25.受け入れたものと、忘れていたこと

 レヒト様が立ち去った応接室で、現状打開に手を尽くしたわたしは、ひとまず現実逃避をすることにした。一体何がどうなってこうなったのか、原因はなんだったのか思い出すことにする。

 腰の痛みは見て見ぬ振りだ。


 あれから、レヒト様はわたしの頭をくしゃりと撫でて、出て行った。

 変化といえば、それだけだ。なんてこと。一瞬で終わってしまった。現実逃避にも何もならない。

 そういえば、レヒト様が出てすぐ、誰かと言葉を交わしていたような気配がしたけれど、扉の向こうに誰か控えているのだろうか。いるなら助けてほしい。切実に。

 思わず、ため息をついた。


「陛下」

 呼びかけるも、わたしに比べて大きな身体はびくりともしない。

「陛下。どうしたんですか」

 よくよく考えれば、この人執務は大丈夫なのだろうか。あの優男オルウィスがフォローするにしても、限度がある。陛下の印が必要な書類が、今もたまっていっているに決まっている。たまって困るのは陛下だ。睡眠時間や食事時間を削ってまで仕事をするのは非常によくない。

 もう一度声をかけようとした時、ぎゅう、と力が込められる。身体がきしんだ気がした。無理に捻った腰が痛い。

 あれから。左肩を抱かれ左手を取られていたわたしは、あれから、レヒト様の退室直後、ものすごい力で陛下に引き寄せられ抱きしめられていた。

 何がどうしてこうなったのか。なにか、予想できる因子いんしがあったか何度も考えるが思いつかない。

 嫌な気がしないためめちゃくちゃに暴れるという気も起きない。

 正直、温かいのはいいことだと、そのまままぶたをおろしてしまいそうに……。

「姫は、これからどうする」

 ようやく帰ってきた反応に、わたしはぱちりと瞬きをする。そして問いを頭の中で転がして、内心首を捻る。レヒト様との話、聞いていましたよね? と呆れ半分で思う。そのまま言葉を口にしそうになるが、すぐに思い直した。

「わかりません」

 答えてすぐに、そうか、と陛下は言う。会話が終わってしまいそうになるのを、慌てて続けた。

「ずっと、ハプリシア様の代わりにここにいるんだって思ってたんです」

 身じろぎして、陛下の菫色を見つける。見つめ合って、頬を緩めて、わたしは続けた。

「公爵家の人間だから、王家の血縁だから、だから代わりが務まるって。勢いのまま流されちゃって、流されて、着いて、引き返せない所まできてから、我に返って。だってわたしは、公爵家の人間として今まで生きてきたけれど、辺境の伯爵家の人間だったということも、綺麗さっぱり忘れることなんてできなかったのですから」

 結局は、わたしが何も知らなかったというだけのことなのかもしれないですけど。

「優しくしてくれる人たちを、これ以上騙し続けるのは無理って思って、ずっと、帰ることばかり考えてて、それで、そんなことないって、嘘だと思ったことが本当だったって突然分かって」

 わたしだって、混乱してるんです。と、思いの全てを口にする。伝わっただろうか。じっと見つめてくれていた菫色は、緩やかに笑っているような優しいまなざしになった。

「これから、どうするか、でしたね」

 思いを口にするだけ口にして、わたしは陛下からの質問に答えるべく思考を巡らす。

「優しくしてくれた人たちに、お返しを。あぁ、それから」

 これは、陛下のためにと心を込める。


「この国の春を守るために、努力したいと思います」


 そう言ったとたん、優しかった陛下のまなざし、表情が、そのままで固まったように見えた。一拍の間のあと、まじまじと菫色はわたしを見てくる。わたしは思わず、きょとんと瞬いて首を傾げてみた。

「……」

 大きなため息とともに、陛下はわたしから離れて顔を覆う。

 遠ざかるぬくもりを、思わず名残惜しく思いながら、袖を握ってみた。

「えええ。ど、どうしたんですか」

「わかっていないな」

 顔を隠したまま、陛下はぼやく。何がです?

「……それでいい」

 わたしの頭に、ぽんと手を置き、陛下は立ち上がる。掴んでいたはずの袖は、するりとわたしの手から離れた。その背中がどこか疲れているように見えるのは気のせいだろうか。わたしほんとに何をした。わたしが視線で送る無言の問いかけを、陛下はかすかに振り返って受けたはずなのに、何も言わず廊下へ続く扉を開いた。

「エヴァンシーク陛下! もう終わりましたね? もういいですね? そろそろ戻っていただかないと困ります。数日朝から晩まで執務室から出られないと思ってくださいね。ほら早く! こんな我が侭もうこれっきりですからね!」

 開いた瞬間現れた優男オルウィスの嵐のような剣幕に、言葉を失う。あれよあれよという間に陛下は優男に連れて行かれた。二人をよけるためこちらに背を向け様入室してきたのは侍女だ。茶色い、ふわふわと揺れる髪。

「ミーリエル!」

 すぐに名を呼んだ。優しい侍女は、くるりと振り返る。

 翡翠の瞳がこちらをとらえるなり、えへへと笑って嬉しそうに、わたしの側にかけてきた。

 その姿に嬉しく思いながら、彼女の後ろに所在なげにたたずむ騎士の姿に驚く。

「ヘイリオ?」

 苦笑を浮かべる彼をかばうように、ミーリエルが説明する。

「わ、私が呼んだんです! 陛下とウィリア姫様はなんだか上手く行ってないみたいで、近頃特にふさぎがちでしたし、以前ヘイリオ様と会ったときは明るい顔をなさっていたことを思い出して。それにヘイリオ様はニルヴァニアの方なのでしょう? 少しでも姫様の心が休まればと思って。それで……」

 わたしの視線を受けて、ミーリエルの声がだんだんと小さくなっていく。その姿に全く困った人だと眉を下げる。だからといってヘイリオにも迷惑だったろうに。

 けれど私のためを思っての行動だと思うと、とがめるための言葉が出てこない。

「今日は、たまたま休暇だったのです」

 ミーリエルをかばったのだろう。ヘイリオの控えめな主張に、わたしはため息をついた。騎士団の制服姿では説得力も何もない。

 けれど、その優しさが嬉しかった。

 ちゃんと、受け取るべきだと思った。

「……ありがとう。ミーリエル、ヘイリオ」

 二人の嬉しそうな笑顔に、こちらも笑みを浮かべた。

 笑みを、返すことができた。







 それから数日としないうちに、わたしは部屋を移ることとなった。

 婚約式典までといわれていたはずの客室にずっといたのだ。遠からず部屋は移動することになっていただろう。

 けれど、わたしは新しくあてがわれた部屋の場所に、思い至らなかった事実を思い出す。

 すなわち、そもそもなぜわたしが今ここにいるのか、ということだ。


『この国の春を守るために、努力したいと思います』


 そんな言葉を口走った数日前のわたしの首を絞めて差し上げたい。

 この国の春は、ニルヴァニア王家にのみ与えられる加護であり、その力は血に宿る。その血があれば、この国の春は守られる。

 血を、この国に残すというのは、つまり。


 陛下が顔を覆った理由が分かった。わたしも今顔を覆っている。

 意味もなく奇声が口から漏れた。周囲に人はいないがそれでも小さな声でだ。

 目の前の扉は、わたしがこれから暮らすことになる部屋である。その部屋の大きさに合わせて、隣の部屋の扉は遠くなる。遠くても、隣の部屋だ。そちらをじっと見つめて、再び、ため息をつく。


(忘れていた。わたしは、この国に)



 そもそも忘れる方がおかしいのだけれど。

 それどころではなかったのだ。




(嫁いだのだった……)



 その意味が、分からないほど子どもではない。


(第一章 おしまい)



読んでいただきありがとうございます!

誤字脱字などあればご一報いただければ幸いです。

これからもよろしくお願いします!


(雑記)

そう言えば、登場人物の年齢をちっとも明確に書いていないような。

ちょっと時機を逃してしまってもう書かなくていいかなーと思ってますが。というか書いたらドン引かれそう。ウィリア。あぁウィリア。

ウィリアの年齢は、『(貴族の)結婚適齢期のハプリシア様にくっついていくはずだった侍女』です。念のため。


とりあえず、ウィリアは、こどもでないことないよ☆ という。

あと、お父さんの年齢もお母さんの年齢も国王様の年齢も先代国王様の年齢も細かく決まっていたりします。決めるだけ決めてだしそこねているという。

家系図もあったりします。だから何よデスケドも。

シュバリエーン家の6人兄弟のフルネームもちゃんと決まっているんですよ。

ええと、これが終わったあとに連載したいなぁとぼんやり考えている、この時代より二年ほど前のお話に期待!(?)

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