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20.片割れの訪れ。




 終わりが近いと誰かがささやいた。

 終わりは近いわ。可愛い可愛いウィリアローナ。でもね、怖くない。あなたは、私が守るから。私とあの人が、絶対に守ってみせるから。

 恨んでは駄目よと、その誰かは言った。

 憎んでは駄目。抱えていたってろくなものではないのだから。



 薄情なわたしは、最後の言葉だけを、忘れてしまうのだ。



 ただ、愛されることを恐れないで。愛することを、忘れないで。

 大地に立って、胸を張って、どうか、どうか、笑っていて。







 ここは応接間。

 目の前でにこやかに笑っている存在に、わたしはきょとんと瞬いた。


 陛下に選択を迫られてから、数日後。

 リンクィン殿下がやってきたと、確かに聴いた。はずだった。目の前にいらっしゃるのは、銀の髪に青の瞳。ハプリシア様と全く同じ色彩をお持ちになった、ハプリシア様のお兄様。

 たしかに、間違いではない。間違いではないけれど、この、お方は。

 はた、と改めて認識した瞬間、悲鳴まじりの声が上がった。

「……レヒッ」

「わぁあー! 声がでっけえ! しー!!」

 お互いがお互いの声を打ち消すほどの声量に、扉の外の騎士が声をかけてきた。

「どうしました?」

「いいえ、なにも」

 リンク様のような声の調子で、目の前のこの人はすました顔で取りなした。振り返り、わたしのじと目と出会うと、にやりと笑う。リンク様は、絶対、こんな笑い方をしたりしない。

 そんな彼に促されるまま、同じ長椅子に腰掛ける。

「レヒト様!? どうしてっ」

「おー。やせたなぁ。ちっこかったのがさらに。身長縮んでないか。ちゃんと食えよ。ほら、焼き菓子食べろ。ほらほら」

 声量を抑えた私の問いかけを遮って、乱暴な物言いを繰り返すこの人は、レヒトール・エリス・ニルヴァニア。リンクィン殿下の双子の弟にして、王太子補佐役を務める、王位継承権を放棄したお方だ。

 リンクィン殿下よりずっと荒っぽくて、遠慮がなくて、無邪気で、でも、同じくらい賢明な方。

 リンクィン様とそっくりなお顔であるため、民の混乱を避けるべく、普段は滅多に表舞台に顔を出さず政務にかかりきりと聞いていたのに。

「な、なにしにきたのです」

 リンク様はどこですか。と問えば。

「あいつの代わりに」

 けろっとした顔で返された。

「だ、だから、リンクィン殿下は」

「旅にでた!」

「意味が分かりません!?」

 心のうちにとどめておくつもりの叫びが思わず口から飛び出した。

 あははっ。と、レヒト様は笑う。

「あいつ、ちょっと、別件で国を留守にしててさ。今変わりに俺が王太子として仕事をしてるんだ。近しいやつはみんな知ってるし、知らないやつは見抜けないしで。あぁ、強いて言うなら神官長がめっさ怖い顔でにらんでくるんだよなー。あればれてるんだろうなー」

 でも、証拠がないからな? と、また笑う。

 にんまりとした笑顔が、じっとわたしを見つめた。何事かと思って、じっと見つめ返しながら首をひねる。

 と思えば、左右から両手が伸ばされ、

 わたしは、


 悲鳴を、


「ひぃあああああ」


 ぐわんぐわんと頭をまわされることで間の抜けたものになってしまったのだけれど。


「くっそー! かわいいなー!! ウィリアお前可愛いよなあああ!」

「い、やああああああ」

 半泣きになりながら頭をぐりぐりとされ、痛いと頭を抑えながら長椅子の上を転がるようにして、レヒト様から距離をとった。

 ていうか、そもそもが近かったんだ!

 ぜーはーと肩を震わせる。

 対するレヒト様は機嫌良さそうにこちらへ身を乗り出してくる。

「な、なんなんですか……」

「いやー。久しぶりすぎて、思わず」

 悪い悪いとレヒト様はひたすら明るく笑ってみせる。

「お姉様に、怒られても知りませんから……」

「あいつは俺にべた惚れで、ウィリアにもべた惚れだから問題ない。心配すんな」

 何の心配ですかと、わたしはため息をつく。

 そう。この王太子補佐役のレヒト様は、わたしのお姉様と恋仲であって、既に婚約している。時期を見て式を挙げることが、二年も前から決まっているのである。


 噂によると、リンク殿下が王太子妃をお定めになられてからと言われているけれど。


「しかしさすがだ。ウィリアローナ」

 告げられた言葉に、怪訝な表情を向ける。

 突然、なんだか企んでいると思ってしまうような真剣な表情で、レヒト様は言うのだ。


「この国に入って驚いた。花が咲き乱れる光景に、誰もが歓声を上げ幸福な笑みを浮かべ、以前とは全く違うあたたかな幸福な空気が満ちていた」


 それは。


「お前は確かに、この国に春をもたらした」



 いつだって、わたしの心にひび割れをもたらすのだ。


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