19.拒絶と思い違い。
陛下の向かい側にわたしは腰を下ろした。
「今日は、私の話をさせてほしい」
陛下がそう言ったので、わたしはうなずいた。姿勢を正して、じっと陛下を見つめる。
視線が交わって、陛下が微笑んだ。こんなに、沢山微笑む人だとは思わなかった。菫色の微笑みは、温かくて、優しくて。
わけもなく、泣きたくなる。
知って、いる、気がして。
わたしを見つめながら、微笑みが心配の表情へと変わった。大丈夫、大丈夫です、と私は繰り返して、深呼吸をしてみせる。
そうして、陛下は口を開いた。
「私は、王になるべくしてこの国に生まれ、王になるために育てられ、王になった。王にしかなれなかった人間だ」
そんな、自嘲じみた微笑みとともに、始まったことに、わたしは戸惑いを必死で内に押し隠す。
「生まれたときからこの国の王族として生きてきた私には、義務がある。それは、跡継ぎを育て国を継がせることだが、それは私の義務であり、その義務を、伴侶となるものに押し付ける気はないのだ」
菫色の瞳が、じっと私にそそがれる。
それは、優しさなのだろうか。
それとも、突き放されたのだろうか。
覚悟がないなら、寄り添うなと。そういうことだろうか。
「人として、悲しませたくない。ここにいることで、苦痛を味わわせたいと思わない」
優しさだと、思っていいのだろうか。
この人は優しいのだと、信じていいのだろうか。背中を預けても、優しく包み込んでもらえるのだろうか。
望んだ所で、許されないと分かっていたけれど。
「ヘキサ……」
ぽつりと口からこぼれた言葉に、陛下はどうしかしたか、と視線で問うてきた。いいえ、と首を振って、続きを。と促す。
陛下は少しだけ躊躇したあと、言葉を紡いだ。
「姫が、ここにいることで苦痛を感じると言うなら、私はあなたが国に帰るのを止めない。以前、ヴェニエールはニルヴァニアから贈られた花嫁を手放す気はないと言った。それは事実だ。手放すことはできない。ただ、療養目的でニルヴァニアの屋敷で暮らすということは、できる」
どうだろうかと、陛下はわたしを伺った。
選ぶことなどできないと、思った。
あいにくわたしも馬鹿ではないのだ。そんなことをすれば、この人が窮地に立たされることくらい、教わらずとも分かるのだ。
可能性が見える。見えてしまう。何を選べば何が捨てられ、誰が傷つくか、わたしは知っている。わかってしまう。
自分をないがしろにし続けてきたわたしには、どうしても、それが……。
「…………どうして、そんな選択をわたしに任せるのです」
勝手に決めればいいではないですか。あなたが皇帝です。この、大きな帝国の頂点です。そんなあなたが、わたしに選択を促すのは。
「ゆるされることでは、ないのでは」
「文句の言うやつは黙らせる」
陛下の唇が弧を描く。でもそれは、優しい微笑みでもなんでもない。
「あなたは、選ぶべきだ」
選ぶことが、できることを知るべきだと、陛下は言った。わたしは思わず首を振って、顔を覆う。
腰を浮かした陛下の手が伸びてきたことにも気がつかず、ふわりと頭に触れた感触に悲鳴を上げそうになった。
かろうじて悲鳴を飲み込んで、その大きな手がわたしの髪を軽くなでる。慎重な手つきに違和感を覚えたあとで、結い上げていることを思い出したのだ。
「似合っている」
陛下はそう言って、立ち上がった。
「心を決めたら、侍女を介してでかまわない」
教えてくれと言い残して、陛下は部屋から立ち去るべく扉へと向かう。あぁ、そうだと足を止めた。
「リンクィンが、こちらに向かっているらしい」
え、と慌てて顔を上げる。陛下はわたしを見ていなかった。どこかをじっと見つめていて、その表情は、少し険しかった。
「数日あれば来るだろう。望むのであれば、あいつと共に帰ればいい」
そうして今度こそ、陛下は部屋をあとにしたのだ。
どうして陛下は、あんなに何か痛みに耐えているような顔をするのだろう。