15.てばなしたもの
夢を見た。
あの、帝都にたどり着いてから。城門の前で馬車を降りて、オルウィスとかいう優男のもとへいくまでの間。
わずかな時間握ったぬくもりが、またわたしに触れる。
そんな夢だった。
彼はもういないのに。式典が終わって、とっくに、殿下とともに国に帰ったはずなのに。
どうして今頃、こんな夢を見たのだろう。
婚約式典から十日以上経って、城内も落ち着いてきた頃、ようやく起きて動けるようになったわたしのもとに、お茶の誘いがあった。
ここにいる限り、そんなこともあるだろう、と思う。けれど、今回は相手が相手だった。
「……、騎士団長様?」
騎士団長をつとめるガイアスという方が、わたしとお茶をしたいと申されたそうだ。
朝目が覚めてすぐに入ったその情報に、首をひねる。どういう風の吹き回しだろう。お茶と言ったら、女の人とするイメージが強いのに。
勘違いしてはいけないが、これはきっと、楽しくお茶を飲みましょう、というよりは、皇妃と騎士団長の非公式な会談ととらえた方が良い。
それも、わたしが起きて動けるようになったらすぐに、という話だったため、わたしはミーリエルに指示を出した。
「エル、わたしはいつでもかまいませんと、伝えて」
はい、とミーリエルは一礼した。
ガイアス様。
皇帝陛下についで、武に長けた人だ。
けれど、陛下と対立していると聞く。ニルヴァニアにいた頃聞こえてきた噂を、なんというタイミングで思い出してしまったのだろう。
やっぱりお断りしようかな。なんて、思った所で今更だった。
ミーリエルの手で、中庭に案内される。
東屋には、かわいらしいアフタヌーンティーセットが美しい配置でおかれていた。
その横に、かわいらしいティーセットと全く似合わない大男が立っていた。
この方が、ガイアス様だろう。膝を軽く追って挨拶しようと裾を手にしたときだった。
「なるほど、あなたか」
とんでもなく、不遜な声の言葉がふってきた。
「……」
こんな態度を取られた場合、皇妃の正しい対応は一体どれなのだろう。
「まぁ、座ってくれ。私はガイアス・ドリューク。王族直属、近衛騎士団団長を務めている。はじめまして、だ、ウィリアローナ姫」
「ええと」
無礼なのだろう。おそらく、この態度は。
言葉の端々にとげがあるというか。嫌みったらしいというか。
……ひどく機嫌が悪いときのリンク殿下みたい。なんて思ってないです。
武人だから仕方ないだろう。といった一言で許されるほどどんな国も甘くはない。ヴェニエールとて例外ではないはずだ。旧知の間柄ならともかくとして、初対面でこれはない。
ここで、気分を害したといって席を立った所で文句は誰にもいわれないだろう。けれど。まぁ。
「初めまして。ガイアス様。シュバリエーン公爵が第四子、ウィリアローナ・ヘキサ・シュバリエーンと申します」
ここにいるはずだったのは、ハプリシア様。この国の人たちは、わたしのことなど期待はずれに違いないのだ。
だから、きっと、傷つくのはおかしい。
静かなお茶会だった。ミーリエルが入れてくれたお茶を飲みつつ、ガイアス様が勧める菓子を黙って口に運ぶ。何か気の利いた話題があれば良いのに、あいにくわたしの中に詰まっているのは本の内容ばかりだ。
ご令嬢相手であれば、恋物語の話などができただろうが、相手は騎士団で団長を務めるガイアス様。恋物語はむろんとして、歴史書も、外国の政治についても、帝王学についても、きっと、興味はないだろう。
ハプリシア様だったらどうするのだろうと、思わず視線が下がり、小さく空いた唇の間からため息がこぼれた。
「せっかく姫がこの国に春をもたらしたというのに、貴方自身の心には、いまだ冬がとどまっているように見える」
おもむろに、ガイアス様が口を開いた。どこかで聞いたことのあるような言い回しに瞬いて、顔を上げる。
「こういった物言いは趣味じゃないが」
そう付け加えたガイアス様の表情はどこか苦々しかった。わたしは小首をかしげるにとどめた。近づきすぎるとパニックになるため、十分な距離をとっている。つまりは、小さな声では届かない。大声をだすほどの距離ではないが、声を張るほどの気力が今はない。
そんな状況の中でガイアス様の様子に対し疑問を抱いたため、わたしは視線で問いかけた。
目は合った。ふむ、とガイアス様が小さく声を出したのも聞こえた。けれど、ガイアス様の視線はご自身の背後へと向けられる。
「俺としては、将来有望なお前をこのお姫様にとられるのは納得いかないんだがな」
必要以上の大きな声に、萎縮した。びくりと肩を振るわせ、とっさに傍らのミーリエルの服を掴む。慌てて離した。
「ウィリア様」
あたたかな声とともに、あたたかな手が肩に添えられて、ようやく詰めた息を吐くことができる。困惑を隠さないまま、ミーリエルを見た。
「姫」
しかし、ミーリエルが言葉を発する前に、ガイアス様の声が響く。
「今回、人を姫様に会わせるために用意したんだがな。姫様を見ていると会わせたいという気が起きなくなった」
はぁ。あの。もう少し分かるように説明していただきたいのですが。
「面白くない姫君を、ヴェニエールは貰ったもんだな」
怒る気もおきなかった。分かりきっていることをわざわざ今更言わずとも、と、呆れはしたが。
今度こそ、帰っても文句はいわれないだろう。ミーリエルへ目配せをして、立ち上がるため椅子をひかせ……。
「ちょっとさっきから聞いていれば、話が違いますよ! 騎士団長様!」
少年の、声が、したのだ。