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12.侍女とお針子、されるがままに。

 三日後のお茶の時間、ミュウランはふらりとやってきた。

「ウィリアローナ。元気にしてたかえ」

「なんでいきなりくるんですか!」

 思わず叫ぶと、くつくつとミュウランは笑った。なんかもうしばらくこないつもりでしたのに! しょっちゅういらっしゃる感じですかこれからしょっちゅうお城に居座っちゃう感じですか。

 ていうかここわたしの部屋ですけども。

 お知らせいただければきちんと応接間にご案内いたしましたのに。

「ここに来るまでに、皇帝陛下とすれ違ったんだけどねぇ」

 楽しそうな顔のまま、ミュウランは長椅子に座り足を組んだ。ちょっと待って。陛下にあったの? その軽さで? そんなかるっかるーな調子で?

「これからウィリアに会うんだと言ったら、すごい顔でにらまれてねぇ」

 おー怖い怖いと肩をすくめるミュウランに、ミーリエルが微妙な表情でお茶を出した。ありがとうと彼は微笑み、一口。

「『なんだかあの子がしょげているみたいだから、あたしが優しくいたわっておいてあげよう』と言ったときの顔、姫にも見せてあげたかった」

「あぁああああの、陛下は、あの、わたしのことをよく思ってないので多分それはわたしの名前が耳に入ったことに対するお怒りではないかと……」

 わたしがミュウランの勘違いを訂正しようと控えめに言ってみると、ぶわっはと彼にしては珍しいほどの笑い声が響いた。

 こういう声を聞くと男の人だと思い出すのだけど、それは言ったら怒られそうなので黙っておく。

「姫は本当に可愛いねぇ。陛下のお考えはあたしにも分からないけれど、似合いのドレスを作ってきたから、試しに着てみてくれるかえ?」

 言うとほぼ同時に、女性がドレスを抱えて部屋に入ってきた。一人、だけではない。次から次へと若い娘が部屋に入ってくる。六人目を数えたところで、女性によって扉が見えなくなり、正確な人数がもはや分からない。おそらく、みんなミュウランの部下であるお針子さんだろう。

 え、え、え? とわたしが試着を了承する間もなく、服を脱がされ始める。

 いや別に脱がされるのは慣れているから良いとして、そこでミュウランが普通にお茶を飲んでるのがおかしいと思う。

 いやお針子が壁になっているとはいえこれはどう考えても……。


 あわわわわわわ。


ぐったりと床に手をつきうなだれるわたしを、ミュウランが思いのほか強い力で立たせた。痛くないのが不思議なくらいの力強さで、相変わらず軽いねぇと彼は眉をしかめつつ苦笑する。呆気にとられているわたしが我に返る前に、ミュウランはくるりとわたしに背を向け、離れた。

「ふむ。問題はなさそうだ」

 言うと同時に、お針子がわたしに詰め寄る。「しっかり立ってくださいませ」と鋭く言われ、はい、とわたしは背筋を伸ばす。

 四人掛かりで肩、裾、背中、腰を直され、その間ミュウランはミーリエルを向かいに座らせお茶をのませていた。ミーリエルは多分、ミュウランを苦手にしているだろう。間に入りたいのだけれどそうできる状況でもない。

 調整が終わったのだろう。お針子が一人また一人とわたしから離れて行く。見下ろして、奇抜なデザインでないことにほっとした。過度な露出もなく、心配だった胸元もギャザーが寄せられており、みすぼらしいことにはなっていない。鏡の前に立ってみると、ミュウランが後ろから覗き込んだ。

「あぁ、よく似合ってるじゃないか」

 ミュウランが笑った。その隣で、ミーリエルが目を輝かせている。

「こ、そ、その袖のレースは! 見たことないです! 新作ですか!」

「あたしのじゃないけどねぇ。一番弟子の新作だよ」

 うわあうわあとミーリエルがはしたなくないよう精一杯抑えて叫んでいる。楽しそうだ。そんなにうらやましいなら喜んで代わってあげるのに。

「着る?」

「ウィリア姫」

 聞けば、ミュウランに遮られた。ミーリエルには聞こえなかったようで、きょとんと首を傾げている。

「装飾も何もかもあたしが用意してあげよう。今日はこの辺でお暇するよ。また近いうちに会おう」

 優雅に彼は身を翻し、お針子達はてきぱきとわたしからドレスを脱がして行く。さっきまで着ていた服をまた元通りに着せ直し、去って行った。

「……なんなの」

「なんたって、あと七日しかない、急ぎの注文ですからね」

 困ったようにミーリエルは笑った。

「だからどうして、もっと余裕のあるスケジュールにしなかったの」

 わたしの言葉にも、ミーリエルは曖昧な返事しかしてくれない。もう、と眉をひそめれば、「お、お茶のおかわりとってきますね!」と慌ただしく出て行ってしまった。

 部屋に控えていたもう一人の侍女に目を向ければ、困ったものですと肩をすくめられる。そんなことより髪をいじらせてくださいませとせめよられ、いつもはミーリエルが抑えてくれるものの今はいない。にっこりと微笑む金髪の侍女にたいし、じりじりとわたしは後ずさる。

「つまりはまとめあげるのがお好きではないのでしょう? でしたら、編んでまとめるだけでも」

 ミュウランの相手ですっかり消耗していたわたしは、一つため息をついた。

「もう、お好きにどうぞ……」

「ほんとうですか!」

「今日だけだから!」

 それでも嬉しそうに、侍女はうなずいたのだった。



「それにしても、本当にお美しい黒髪ですね。艶やかで、まっすぐで。公爵家の方々はそうなんですか?」

「いいえ。わたしだけよ、こんな風に黒いのは」

「あら、でも、ニルヴァニアの初代国王様が黒髪だったと言いますから、名誉なことですね」

 ヴェニエールの侍女がそんなことを知っているとは思わなかったため、驚いて振り返った。

「あぁ、だめですよ、いきなり動いたら」

「どうして」

「わたしの母が、ニルヴァニアの人間なんです。おとぎ話とか、よく話してくださいました」

 せっかく編んでいた髪をほどかれる感覚に、内心首をひねっていると「いきなり動くから、やり直しです」と、全く困った風を見せず、嬉しそうに侍女は言う。

「暁の瞳は、その昔、詩人によくうたわれています。古すぎて知ってる人の方が少ないのだと、聞きました」

「暁の瞳?」

「ウィリアローナ姫様の瞳のような、美しい色のことですよ」

「……そんな風に言われたのは、初めてだわ」

「皇帝陛下は穏やかな夜の始まり。宵の口と、平和な世をさす言葉で讃えられています。反面、全く違う意味で使う人もいますけど」

 侍女の声が潜められた気がした。つまり、讃えない人間もいるということか。自信たっぷりのように見えた皇帝陛下にも、苦労はあるらしい。

「お城の全ての人が味方という訳じゃ、ないのね」

「やだ、私ったら。ごめんなさい。なんでもないんです」

 聞き流してください、と侍女は慌てて言った。

「私が口走ったってこと、ミーリエルに内緒にしてくださいね。あの子ったら怒ると怖いんだから」

 ほら、できましたよ、と背後から侍女の気配が消える。と思えば、前に回り込んできた。

「お似合いですよ」

 と微笑んだ。

 二つに分けられた髪が緩く編まれ、確かに本を読む時邪魔にならないし、突っ張る感覚もない。

「ありがとう」

「いえいえ。お好きな髪型があれば、どんな髪型でもやってみせますので。いつでも言ってくださいね」

 できればお願いしたくない。

 はっきり言ってしまうのも悪いので、わたしは曖昧に笑ってみせるにとどめた。


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