捌:異端な者達の名を
明々白々としてくる街並みは、雪もないのに白く陽光を反す。だが朝の空気はその神無京に相応しく、肌寒いくらい澄み切っていた。
その盆地を見下ろすかのように聳える下弦本家・神楽殿にて。
この国の統治者の補佐を務める青年は、ある曰くつきの面を手に、自室でただ静寂を守っていた。12畳はあろう部屋には必要最低限なものしか置かれていない。それは彼がここへ入れられた当時と何の代り映えもなく、殺風景だ。
「…」
壁ぎわに座り込み、面の表面にできた傷を指でなぞる。5年の年月を経ても未だその溝には血痕が残っていた。
火の手が回る離れ。
一度も顔を見ることがなかった少年。
恨みに憎しみに、潰された顔、顔、顔。
この面を昨日拾い上げた時、すべてが甦ってきた。
依世の切れ長の目が細められる。
後方へと流された薄茶の短髪の頭を掻き、天井を振り仰いだ。
朝が来た。
遠くから見てもかなりの高さに見て取れる神無京の南門から、黒の点が幾羽も飛び立つ。
そして群れを為し、あの廃れた上弦家の創った都へ行き、嘲笑するのだ。
紫色の袈裟を身に付けた尼僧・玲浄院は、額に掛かった後れ毛を人差し指で払った。
どうも昨日から気分が優れない。それもこれも、あの少年の口からあの言葉を聞いてしまったからだろうか。
『ウルク』――――
確かにあの少年はそう言った。
下弦の者・他の人民は元より、上弦でも本家の数人しか知らぬ異端な者達の名を。
この世にはウルクを消すことを業にする血系があるという。数年前に東の国ごと滅びたと聞いていたが…。
賭けてもいい――あの少年は、その靱代の血の者だ。
止めねば、殺らねば今日神無京へ入るだろう。そうすればすべてが崩れてしまう。
黒い瞳に、朱が差した。