参:面と月
先の自分の警戒ぶりに自嘲混じりのため息をつくと、普段のように朗らかな気持ちが戻ってくる。
「すまなかった。行ってくれ。ただ――」
刀を鞘に納めた依世を少年は訝しげに見つめる。
「その面は私に渡してくれないか?」
目を数回瞬いた少年は無表情で頷き、そして右手に持つ面を緩慢に持ち上げた。
光の根源が一つ傾ぐ。
提灯が弾んだ。
突然のことだったからだろうか、依世はその体を支えることも忘れて少年が倒れる一部始終を観ていた。
糸の切れた操り人形のようにそれは自然に、そして呆気ない。
「―――――――!」
慌てて地に屈み少年の口元に手をかざす。
暫らくして静かに立ち上がった依世の顔には、明らかな呆れの色があった。
「‥‥‥‥‥‥‥寝ている?」
コ――――…ンと林鐘寺の鹿おどしが空虚に響いた。
少年の腕を肩に担いで立たせるが、重心が上手くとれない。本当に寝ているのだろう、両目はしっかり閉じられている。
…立ったまま眠りに落ちる人間など、見たことがない。
つくづく変わった者と出会ってしまったと思いながら足元に転がっていた面を拾い上げた。
一瞬、少年の重みに体を持っていかれそうになる。
提灯が照らし出した面。その切り込まれた右目から奔る白い地を引っ掻く紺の紋様…。
依世の脳裏を面をつけた10歳ほどの少年の姿が掠めた。
迎えたばかりの秋の終わりを上弦の月が嘲笑う。
四話目は対の世界ではなくこちらの世界の話になります。少年の騒がしい一般人生活をどうぞ(笑