弐:少年
『青鈍』――一年前突如現われた青鈍色の衣を身に纏う殺人鬼。
奴の手にかかった者は数を知れない。闇の中から浮き出るように現われ、舞うように命を食い潰す。
それは容易く。
それは瞬く間に。
長い沈黙の後、止まっていた時が流れ始めるようにゆっくりと風が動く。静まり返っていた虫達が一斉に鳴き出し、集中力を欠く。
だがそれは同時に得体の知れない何者かが退いていった証だと考え、緩慢に刀を降ろした。
犠牲者はどこか周辺の国から来た商人のようだった。偃月の都・神無京の大路はどこの国にも負けぬ市だ。自らの国へ来た所為で殺されたとなると忍びない。
膝を付いて上衣を脱ぎ遺体を隠すように覆い、その前で手を合わせた。
犯人が落としていった何か――暗色へ溶け込み、地面に当たった何かを探す。それが青鈍に行き当たる証拠になるかもしれなかった。
しかしそれは少し離れたところで別の光に包まれた手に拾われた。
眼前に持ち上げられたその白い面と共に持ち上げられた提灯によって、少年の顔が浮かび上がる。少し癖のある漆黒の髪。幼さを残した顔立ちの中、光の眩しさによってか眼が細められた。
「俺は青鈍なんていう物騒なモンじゃねぇよ」
再び刀を構えた依世の心を見透かすかのように、少年は飄々と言い放った。
「…ならば聞かねばならない。何故、このような時間帯にこの物騒な街を子供がうろつく?」
「俺だって早く宿見つけて寝てぇよ」
そうしねぇと学校に遅れる―――少年の理解しがたい発言に、依世は首を傾げた。学校…寺子屋のことだろうか。だがこんな夜間に開かれはしない。
日は完全に落ちた。いつまでもこいつに構っていてはいけない。都に帰って人を呼び、遺体を埋葬しなければいけない。…よもや林鐘寺の尼僧達に片付けさせるわけにはいけまい。
それに、先ほど聞いたのは女の声。この少年は林鐘寺に宿を求めに来ただけと見える。
『青鈍』はこの少年ではない、それが妥当に思われた。