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一衣帯水  作者: 衣牡李
2/19

壱:始まりの夜

一部【青鈍(アオニビ)】シリーズの幕開けです。

 いつもより遅い家路だった。

 その青年は提灯を片手に、独り林鐘寺下の石段を下っていく。深緑の狩衣が仄かに赤みを帯びた光によって茶色掛かって見える。

 彼の名は依世。齢二十二になる、この偃月の国を治める下弦家の者である。

 笠の縁を持ち上げると星の無い黒で塗り潰された空に、切り抜かれた白い半月があった。

 いつもは煩い虫の音が微かな風と流れ、不思議と安堵感を覚える。

 周りに建つ家々の寝静まった気配。自分を意識しない者達。それは何処か子供の頃自分を取り巻いていた疎外感と似ていて、懐かしいと感じてしまいさえする。


 しかしそれは参道に差し掛かった時だった。次の段に片足を置いた瞬間、サ――と音を率いて空間は消滅した。

 『無』の中に、自分一人のみ在るような世界。

 不可思議に思って掲げた提灯に照らされたそこに、赤く染まった世界の基盤があった。

 立ち上る錆びた臭い。反射的に袖をあてがう。格段で血溜りをつくり、石段をくだっていく、丹。その光景は巷で流行っているある噂を朧気に映し出す。

 事が起きて数刻も経っていないのだろうか。

 ――否、違った。


 「林鐘寺の仏共は下弦の汚れた血は好まぬらしい」


死人のように冷えた声と指先が喉元に当てられた。

 …事は今も、進行中だったというわけだ。

 矢継ぎ早に腰の脇差に手を掛け、振り返り様に一線する。軽い手応えの後に何かが堅い地面に跳ね、転がった。

 闇に切っ先を向けたまま、周囲に気を張り巡らす。風のない、夏の名残を含んだ生温い凪が続く。


――『青鈍(アオニビ)』と言うのです――


 それは何時か、家に仕える者が話してくれたことだった。




新参(?)の不束者ですが、どうぞよろしくお願いします。評価していただけると嬉しいです。

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