拾捌:奇襲
勢いで終わらせようという作戦です。
自室内でつづらは自らの手のひらを見つめていた。
「…何故俺は殺したんだ?」
ぽつりと呟く。
――孟冬という皮を被り、上弦と彼奴等の縁を切るため。
10歳の頃、そう言った母親の姿が脳裏を掠めた。
「…何故…」
耳を塞げば何も聞かずに済むだろうか?
目を閉じればあの夢を視れるだろうか?
あれは何処の国なのだろう?
着物ではない、異端な服を着た、同年令くらいの少年と少女達。
その楽しそうな様子を、いつも自分は傍観しているだけだ。
あの中に入っていけたら、と思う。
時々無条件で笑顔を向けてくる者達に、自分は上手く笑顔が返せない…。
そんなことが頭の中で渦巻く中、不意に冷静な自分が嘲笑を洩らした。
「…馬鹿か…ただの夢の中の話だ…」
逃げれない。産まれた時から決まっている道しか辿れない。
その時、障子の向こうで声がした。
「つづら様?」
それは多梅の声だった。小さいが、静寂した空間にはよく響く。
躊躇いがちに、徐々に障子が開いていく。
現われた少女は、いつものように深刻そうな顔をしていた。
次の句を紡ごうとする多梅から、いつも彼は逃げたくなる。
だが次に声を発したのは、二人のどちらでもなかった。
「…孟冬殿の部屋はこれかなぁ?」
驚いた多梅がつづらから急に視線を外し、声の主を探す。その直後、多梅が開けたものの対の障子が室内へ吹き飛んだ。
刀を掴み上げ、つづらは恐怖に身を強ばらせている多梅に叫ぼうとしたが、それが叶う前につづらは壁に叩きつけられた。
肺に入っていた空気がすべて押し出され、体全体に激痛が広がる。
それでもつづらは、その場に凍り付いている多梅の姿を霞む景色の中に捉えていた。
「…ろ」
絞りだしたようなその声に、多梅の肩がぴくりと動く。
「…逃げろ!」
多梅は動揺を覚えつつも涙を飲み込み、堰を切ったように走りだした。
一人の足音が聞こえる中、つづらの首を掴んだ男がせせら笑う。
「人間は楽しいねェ…泣かせてくれらァ…」