拾禄:偃月を治める者
やがて暗い杉林が左右に別れ、白壁に黒い格子模様の入った家々が現われた。
その中枢に、街からも見えた下弦の本家がある。
近くから見るその風構えはどこかあの林鐘寺に似ていた。
前方には腰に刀を下げた、明らかに門番と見える男が二人。どちらも厳しい雰囲気を放っている。
しかし、目の前の少年は颯爽とその門へ向かっていく。
彼が門へ臨んだ時、態を崩したのは門番兵の方だった。
「…つづら様? 何時御出かけになったのですか!?」
…つづら?
槹也は首を傾げる。
「まぁ…そのような薄着で…」
女中が一人とんできて少年に羽織を着せ、藍色の紐を手渡した。
確かこの国を事前に調べた時、誰かがこの下弦の現在の家督はつづらという人物が受け継いでいると言った。だが―――
少年は髪を紐で束ね、槹也を振り返る。
一陣の風が通り抜け、白い羽織が膨らんだ。
――その背中。下弦の家紋である『雪枠に左巴』。
「孟冬様の御戻りである!!」
孟冬―――それは偃月の統治者の別称。
何れかが上げたその言葉に、槹也は名を聞かれるまでその場に立ち尽くしていた。
「随分と道に迷った様子だな」
西側の客室に移った依世は槹也に席を勧めながら、不意にそんなことを言った。
槹也はと言うと、茶の入った湯呑みを運んできてくれた女中に会釈し、そうかと思えばコロッと表情を変え、不貞腐れたように茶を啜り始める。