拾伍:逢う
ご無沙汰してました。申し訳ありません。
神楽殿へと続く山道。両側を針葉樹林で埋め尽くされたそこは、太陽が昇ってだいぶ経つのに未だ陰っている。
人気は欠けらもなく、歩く度に水気を微かに含んだような土の感触が伝わる。
…ずいぶん長くこれを味わっている気がする。
そう思って、槹也は立ちつくした。
「もしかして俺…」
―――迷った?
そんな響きが聞こえそうなほどの静寂が痛い。
彼のいる道は迂回して登る傾斜の少ない道で、途中で幾つも枝分かれしている。
入った時分、槹也それを知らなかった。
門からははっきりと見えた白い邸宅は、いまや鬱蒼とした緑のなかにその頭を沈めている。
更に先に行って迷うくらいならば――。
槹也が道を戻りかけたとき、再びその足が止まった。
さっきは木の幹に隠れていて気付かなかったが、左手に墓地が広がっていたのだ。
その直方体に切り出された石の軍団の中、差し込む光に照らされた場所から人影が立ち上がる。
紺の紬を着流した細身の背中にかかる黒髪がさらりと揺れた。
槹也を振り返り、切れ長の目の少女のような端正な顔をのぞかせる。
彼が決して少女ではないことを槹也が知っていたのは、その顔に見覚えがあったから。
「…葛城?」
そう呼び掛けても怪訝な顔をされるのはわかっている。対の世界に生きる彼らもまた、現世界に存在する己など知る由もないのだから。
…槹也の頭に不穏な考えが起こった。
道へ出た少年は、槹也に一瞥をくれただけで、そのまま向かい側の林へ直進していった。
街にせよ神楽殿にせよ、彼に着いていけば何処かしらに出るに違いないと思った槹也は、迷う事無く足を踏み出した。
だが、もし――
あの凛とした深い藍染の眼が不安を掻き立てている。
対の世界にいる葛城涼が槹也が殺そうとしているものならば?
きっと間接的に多くの人を傷つける結果になる。
それでも彼は、引くわけにはいかなかった。
靱代が滅びた理由――それはウルクと化したある人間の現世界での家族を悲傷させることを恐れた為なのだから…。