表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一衣帯水  作者: 衣牡李
15/19

拾泗:過去

たった一人の靱代となった少年は――


 午前0時――



 人の途絶えた通学路へ一台の車が入っていった。並ぶ家々の塀を照らし、そしてそれはある家の前で停められる。

 高い塀で囲まれ、門の付いた武家屋敷。

 この家の主、靱代奈瑞菜は車から降り、開け放たれたままの門をくぐった。既に家の光は落とされ、今や彼女は完全な闇のなかに立たされている。それは彼女の甥が対の世界で動いていることを示していた。


 靱代家――それは平安の世より、対の世界の秩序を守ることで人間を守っている一族だ。

 対の世界には異端な力を持つ『ウルク』と呼ばれる化け物(狂いし精神)が存在する。


 ――それを殺すのが、靱代の役目。


 一般人は現世界と対世界に存在する意識が別々。

 しかし、靱代の血の流れる者は現世界と対世界を一貫して捉える力を持つ。故に古くから靱代は、より濃い血脈を保つ為、親戚内での婚姻を徹底した。

 ただ、奈瑞菜のみは靱代に流れる力を授からなかった。

 幼い頃から他の兄弟と比べられ、一族から疎外された奈瑞菜は普通の人間として生きることにした。学問に励む娘を両親は何も言わず援助した。

 しかし彼女が大学の医学部に進んだ矢先、靱代は滅びる。

 あの日、珍しく電話をかけてくれた父親の言葉が耳に残っている。


――対の世界で死んだ人間は10日以内に現世界からも消える。お前の夢を叶えてやれなかった今、靱代もただの人間の固まりなのだと実感するな――


 世界各地に散らばった靱代の人間は皆悲惨な死を遂げた。

 一家全焼。

 水難事故。

 地震。

 彼らの死の刻印は徐々に、そして他人にその奇妙さを知られる事無く広がっていった。


 …皮肉にも靱代の力を持たない為生き残った奈瑞菜は、両親の遺産と同級生の助けにより在学を続けられた。その2年後に姉家族で唯一生き残った槹也を引き取る。

 その目からは既に子供の無邪気さが消えていた。


――叔母さん、皆の仇をとるために俺を育てて――


 靱代の一族が対の世界から消えた日、向こうの世界で何があったか少年は話そうとしない。

 奈瑞菜は黙って承諾した。

 ただ、再び同級生の恩恵で大病院に就職し、元両親の家に引っ越した今も、そして靱代が滅びることを告げられた夜も、決して考えないではいられないことがある。


何故…


 奈瑞菜は玄関の戸に手を掛けたまま俯いた。

 力を込めた指先。戸のガラスがガシャリと鳴る。


何故、私には靱代の力が無い―――?


 何もできない。

 何も知らない。

 あの少年に自分勝手な思いを背負わす他無い。



「…私は汚い人間だな…」



 自嘲気味に呟いた言葉は吹き過ぐ秋風に乗っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ