拾参:夢と対の世界と
槹也も寝静まる午後10時、少年もまた対の世界とコンタクトを始めた――
少年は夜道を歩いていた。
中性的な顔は綺麗に整い、瞳は凛とした冷たさを宿す。
彼の名は葛城涼、東宰原高校一年。
いつもの塾の帰り道。
見上げたそこにある、マンション2階の光の失せたいつもの自宅。
チャイムを鳴らすこともなくさっさと鍵を取出し、扉を開けるいつもの動作。
そして、家庭の温かみも無い、闇に包まれたいつもの空間が広がる。
明かりを付け、そのまま台所へ向かう。既に時計は10時を回っていたが、遅く帰っても夕飯が用意してあるわけではない。中学生の頃から続くこの生活を他人が聞けば不憫と思うだろうが、もはや慣れた。
トレーをテーブルの上に置き、椅子に座る。
だが直ぐに箸を持つことはなく、涼は部屋の隅にある仏壇を見つめた。
仏壇などとは呼べない、小さな机に位牌や線香立てという小物を置いただけの簡素なもの。
そこの写真立ての中に永遠に10歳の片割れが写っている。にっこりと子供っぽい笑みを浮かべた少年。
唯一の兄弟。
遺産に恵まれ、海外で難民救済ボランティアに明け暮れる立派な父親。
母親は自分の不注意で息子を亡くしたと思い込み、専業主婦だった己の身を仕事へと逃がした。
――すると、一体誰が、
涼はいつも考える。
誰が、自分のことを思ってくれているのだろう、と。
来る日も来る日も時計のように繰り返す日常。生きながらにして味わう、世界を傍観しているだけような空虚感。
…疲れた…かな…。
放り出した箸が皿の上でカラカラ音をたてて転がり、トレーの外に落ちる。
緩慢に体を傾け右頬をテーブルにつけると、冷たさが這い上ってきた。
心臓が一際大きくゆっくりと脈打ち、握り潰されるような痛みが広がる。
それでさえも、どうでもいい。
あの街…
雪の白さを長い間楽しめるように、白い玉砂利を敷き詰めた道の張り巡らされた街の夢を見れるなら。