仇:神無京
身体に巣食う異端者の力に飲み込まれそうになった瞬間、頭の中で強い拒絶が生まれた。
何も干渉しないと己に誓った。
何も見たくないと切に願った。
「…私は…知らない…」
これから滅び往こう者達の運命を疎んじた。
すべてから目を背けて生きようと思った。
…だから、ここにいるのに。
神無京の南門が近づいてきた頃、槹也は後ろを振り返った。
石段のうえに平然と並ぶ林鐘寺のお堂には、相応しくないカラスが舞っている。
冬に入ると彼らは何処へ行くのだろう。
玲静院に黙って出ていったことに多少の罪悪感があるが、会わないほうがいいと思ったのだ。
あの言葉を放った時の、表情。きっと玲静院は自分の目的の者達を知っているだろう。
それか若しくは―――
槹也はおもむろに己の頬に手を当てる。
――俺はあいつに似ているかもしれない。
腕を下げ、再び都へと歩を進める槹也の顔には、いつものような飄々とした色はなかった。
「通行書?」
「そうだ。都へ入るには偃月各地の役所で交付される通行書が要る」
いきなりの事に眉を寄せた槹也に、槍を持った門番は淡と言い放つ。その対応は感情を排したように厳粛で、職に専念しきっているという雰囲気。
「何処から来た?」
「…南、かな。昨日は林鐘寺に泊まらせてもらったんだけど」
そう言った途端、厳しいものが失せた声が門番の背後から聞こえた。
「もしかするとお前、昨日依世様と話していたガキか?」
初めに話していた門番の後ろからもう一人体格のいい門番が現われた。昨夜提灯に照らされていたのは頭の片側だけだったが、その顔には見覚えがある。
「依世様に会いにきたのだろう? 通れ」
あっさり都へ入ることを承諾したためか、もう一方の怪訝な顔つきになった。
「…おい、国の者でもないのだぞ」
「この子が依世様を伺うことを依世様自身が許可されたのだ。さぁ、通れ」
門番が太い腕を巨大な門の扉の片方へと添え、力を込めた。
分厚い鉄板のような門がゆっくりと開いていく。
人一人通れる隙間ができた時、槹也は現われた光景に思わず声を上げた。
門の中に広がるは、一本道に並ぶ市と人の波。それは現世界の祭りを思わせる。
槹也は活気に満ちた空間に足を踏み入れた。