翡翠の笛
「姉上、行かれるのですね」
声がし、後ろを振り向くと自分とそっくりな少年がたっていた。心配そうな瞳は泣く一歩手前。
「ええ、守らなければならないものがあるから。」
涙をこらえ、笑顔を見せる。
ゆっくり手を伸ばし、彼の黒髪をなでる。
護身術として覚えた剣術は男も敵わないほどの腕前だと、父上は私に言った。対して、この城の跡継ぎとなる、私の弟は体が弱く、剣術は習っていない。
だが、とても笛がうまく、私はその笛を聴くのが大好きだった。
私は幼きころから女にもかかわらず、武者として生きた。周りの人間に対し、父は私のことを“男”として伝え、弟を私の“妹”として育てていた。幼きころから男として育てられた私はきれいな着物に袖を通すことも、鮮やかな紅をさすことも許されなかった。
その戦ではたくさんのものが死んだ。
そして、私たちの城は落ちた。
私は何とか生き逃れ、戦から逃れたもの達の集落の人たちに助けられた。
数日後、城のあったところは焼け野原になっていた。
弟は別れたときとあまり変わらぬ姿でそこに倒れていた。
数箇所に小さなヤケドがあり、寝巻きがところどころ破れている以外には怪我はないようにみえた。
「翡翠!」
急いで翡翠の元に駆け寄った。
「あね……うえ。」
生きてたんだ。
お互いにそう言って涙を流した。
「……わたし……は、……もう……じきに、死に……ます。……あねうえ……だけは、……幸せに……いき……て……。」
それきり何も言わなくなった。
「翡翠!?」
翡翠は死んでしまった。
後から知ったことだが、翡翠は不治の病におかされていたという。
それでも、最後に一目私の姿をと、ここまで生きていたらしい。
私は桜の木の根元に弟の死体と彼の笛ををうめた。
翡翠が好きだった桜の木の根元に。
それから、幾日もの歳月が流れた。
私はあの集落にもどり、そこで暮らした。
そこで、ひとりのおとこと恋に落ち、子供もできた。
幸せに、生きていた
ある日、風の噂で笛を吹く妖の童子が居ると聞いた。その童子を見たというものは、私が弟の死体をうめた桜の木。
半信半疑でそこに言った。
ついたときには夜になっていた。
そして、そこには……
「ひ……す、い??」
まさに笛を吹いていたのは翡翠だった。
髪の色は違ったが、色素が薄く金色に見える眼はまさしく彼のものだった。
彼は驚いたように目を見開いた。
「なぜ、貴女は私の名を?」
彼は、自分のことが分からないという。分かるのは自分の名だけ。
「わたしは、燈月。信じられないかもしれないけど、あなたの姉よ!」
「?」
翡翠は首をかしげた。
「あなたに、言いに来たの!あたしは幸せになれたって!ただそれだけ。」
すると翡翠は驚いたように目を見開き、その後すべてを思い出したのか、彼はふわりと地に降り立つと、こういった。
「姉上、これからもお幸せに……」
そう言って消えていった。
あとにそこに残ったのは、たくさんの花びら。
うまれかわったら、また会おう。
翡翠。
あらすじにある姫とは誰のことをっしているのかは、ご想像にお任せします。