第13話 「崩れゆく白い壁」
大浴場「波間の湯」の最終配管作業は、村全体が総出で動いていた。
最終貯水タンクの設置台座を補強する岩瀬源三と若い男たち。
ポリ管の接続部を丁寧にシールする長谷川寅造と高齢者のグループ。
野々村静香が指示を出しながら洗い場のタイル仕上げをチェックしている。
鈴木猛は資材を運び、霧島零はECHO-NETの追加カメラを調整しながら時折指示を飛ばす。
その光景を、少し離れた高台から見つめている女性がいた。
白峰凛(27)。
村の医療担当の一人。細身の体に白衣を羽織り、いつも冷静で少し近寄りがたい印象を与える彼女だった。
凛は両手で持った医療資材の箱を胸に抱えたまま、動けなくなっていた。
(……みんな、頑張ってる)
高齢者が多い村で、これだけ大規模なプロジェクトを皆で一丸となって進めている姿。
汗を拭いながら笑い合う顔、励まし合う声、完成に近づくにつれて輝いていく目。
その光景が、凛の胸の奥に眠っていた記憶を、静かに揺り動かした。
Silent Wave発生から1年後当時、脆弱な臨時医療施設。
凛はまだ25歳。
元大学病院の研修医だった彼女は、必死に負傷者や病人の治療を続けていた。
抗生物質は底を尽き、食料は乏しく、電気は不安定。
それでも「私は医療者だから」と自分を奮い立たせ、連日のように患者の前に立っていた。
ある雨の夜。施設の老朽化した天井が、突然大きな音を立てて崩れ始めた。
「みんな、外へ! 急いで!」
凛は叫びながら、寝たきりの高齢患者二人を抱えるようにして引きずった。
しかし次の瞬間、大量の瓦礫と鉄骨が彼女の頭上に降り注いだ。激痛。
暗闇。
息ができない。
「う……あ……」
崩落した建材に下半身を潰され、左腕も折れていた。
周囲からは悲鳴と泣き声が上がり、施設は完全に機能不全に陥った。どれだけ時間が経ったかわからない。瓦礫の隙間から、かすかな光が差し込んだ。
「生きてるか!」
低く、力強い声。
瓦礫を必死にどかしながら近づいてくる人影。
それは泉透だった。
当時まだ村に正式に参加して間もない彼は、単独で周辺探索から戻る途中に崩落の音を聞きつけた。
後遺症の波紋視界がチラつく中、ほとんど無茶な方法で瓦礫を排除し、凛の体を掘り出した。
「動くな。骨が折れてる……
大丈夫だ、俺が連れて行く」
泉は凛を背負い、雨の中を走った。
彼の背中は熱く、震える凛の体をしっかりと支えていた。
「なぜ……助けてくれたんですか。
私は……もう、限界で……」
「限界でもいい。まだ息があるなら、生きろ」
泉の声は荒く、でも確かだった。
「この世界で、医者が一人でも減るのは許されない。
……きみが諦めたら、もっと多くの人間が死ぬ」
その言葉が、暗闇の中で凛の心に深く突き刺さった。
現在 浦波ビレッジ
「白峰先生、どうしたんですか?」
野々村静香が心配そうに声をかけてきた。
凛はハッと我に返り、慌てて微笑んだ。
「……いえ、何でもありません。
ただ、皆さんが一生懸命やっている姿を見て、昔のことを少し思い出してしまって」
彼女は箱を下ろし、作業場に向かって歩き始めた。
泉透が近くで管の固定作業をしている姿が見えた。
今も村のために動き続けている、あの背中。凛は小さく息を吐いた。
(あの時、泉さんに救われた命……
今度は私が、この村の人たちの命と心を守る番だ)
完成間近の「波間の湯」を見上げ、彼女は静かに決意を新たにした。
高齢者たちが湯に浸かり、笑う顔。
子どもたちが元気に走り回る声。
この村で、もう誰も瓦礫の下に埋もれさせない。そのための医療者として、自分はここにいる。




