第11話 「波の脈動」
浦波ビレッジの朝は、いつもより少し騒がしかった。
大浴場「波間の湯」の本体躯体はすでに完成し、屋根の最終仕上げも終わっていた。
残るは最大の難関。
水の取り込みから配管、そして浴槽への供給だった。
泉 透は作業着姿で、岩瀬源三(72)と元温泉旅館の若女将の野々村静香(52)のそばに立っていた。
三人は丘の斜面に腰を下ろし、造船所跡の地形図を広げている。
「水源はここだ」
岩瀬源三が指で地図を叩いた。
浦波川の支流。
かつて造船所の冷却水として使われていた小さな川だ。
村から約400メートル離れた上流、標高差で約18メートル高い位置にある。
Silent Wave後の現在も、比較的安定して流れ続けている。
「完全に重力給水(gravity feed)で行く。ポンプは故障の元凶になるからな」
源三の声は低く、経験に裏打ちされていた。
彼は昔、造船所の設備メンテナンスをしていた男だ。
水の取り込み部(Intake)まず最初に作ったのは、水源での取り込み口だった。
鈴木猛と若い村民数名が上流へ行き、川の浅い部分に簡易堰を設置。
コンクリートブロックと鉄板を組み合わせ、川の流れを少しせき止めて水位を上げた。
その横に、ステンレス製の 吸水スクリーンを埋め込んだ。
昔の造船所から回収した金網と細かいメッシュを二重に張り、葉や小石、魚が吸い込まれないようにした。
スクリーンから太い黒色ポリエチレン管(φ75mm)を接続。
源三がこだわったのはこの材質だ。
「紫外線に強く、柔軟で継ぎ目が少ない。
昔の造船所資材置き場に山ほど残っていた」
管の先端は水中約30cmの位置に固定され、逆止弁を簡易的に取り付けて逆流を防いだ。
配管ルート400メートルの配管ルートは、村の三重防壁の外側を一部利用しながら、できるだけ高低差を維持するよう設計された。
上流側(高所):φ75mm → φ50mmに段階的に落とす(流量を確保しつつ摩擦損失を減らす)。
中間地点に沈殿タンクを2基設置。
ここで一旦水を溜め、土砂や微細粒子を沈殿させる。
霧島零がECHO-NETのカメラを1台回して遠隔監視できるようにした。
村内進入部で最終貯水タンクへ。
このタンクは大浴場建物のすぐ横の小高い台座(約4メートル)に置かれた。
村の高齢者たちが
「これで湯船まで自然に流れる」
と喜んだポイントだ。
配管作業は高齢者も参加した。
長谷川寅造(68)は
「昔、田んぼの用水路作った経験がある」
と言いながら、管の埋設と固定を手伝った。
地面に浅く溝を掘り、管を入れ、土を被せ、上から石を並べて保護する。
露出部分は岩瀬源三が作った木製カバーで守った。
泉透は配管ルートの警戒を兼ねて何往復もした。波紋視界が時折チラつく中、鉄狼団の気配がないかを確認しながら。
浴場内への供給野々村静香がこの部分を徹底的に管理した。
最終貯水タンクからφ40mmのポリ管を2系統引き、
浴槽注水用(大きな湯船2基)
シャワー・洗い場用(簡易シャワー8基)
特に浴槽注水は、温度調整も考慮した。
川の水は冷たいため、村の既存ボイラー(廃材と薪で加熱)と熱交換器(造船所から回収した古い銅管コイル)を組み合わせ、適温に調整できるようにした。
静香は
「高齢の方が多いから、熱すぎず冷たすぎずが大事です」
と言い、温度計を複数設置した。完成間近の浴場内で、静香は泉に説明した。
「水の流れは完全に自然任せ。標高差18メートルあれば、浴槽の縁まで十分な勢いで来ます。圧力は約0.18MPaくらい……家庭の水道よりは優しいですが、十分です」
彼女は52歳とは思えない落ち着いた笑みを浮かべた。
「家族を亡くしてから、ずっと『皆が温かい湯でほっとできる場所』を夢見てました。
この『波間の湯』が、その夢の形です」
泉は静かに頷いた。
後遺症の波紋が視界の端で揺れる中、彼は思う。
この水の流れは、ただの配管じゃない。
亡き世界で、村の人々が再び「生きる実感」を取り戻すための、命の脈動だ。




