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黒剣の退屈  作者:
外の世界
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24/28

蟻の技(ありのわざ)

一瞬、シルヴァは思い出した。


かつてギルドで、自分がリンに変装していた時に、俺が忘れていったそのバッグを見たことを。


そのバッグの中には二冊の本が入っていた。『THE OUTSIDE WORLD』と『NAMELESS STYLE』。


そして今、彼女は俺の目の前で『NAMELESS STYLE』の技を使おうとしている。


静寂が訪れた。


タッ……


彼女は、洞窟を照らす光から離れるように一歩後ろへ下がった。


「私はただの蟻……」


「!?」


俺はその言葉を聞いた瞬間、体が固まった。


(あの技……まさか……)


心臓の鼓動が速くなる。


タッ……


さらに二歩、光から遠ざかる。


「私はただ……ただの蟻……」


彼女の体から放たれていたマナオーラが、ゆっくりと薄れていく。


タッ……


三歩目で、彼女の体は静かに洞窟の闇へと飲み込まれていく。

人差し指が、口元のマスクに添えられた。


【 SILENT 】


彼女は闇の中へと消えた。

青い炎のシルエットはあまりにも小さく、暗闇の中の蟻を見ているようだった。


(こいつ……本当にやりやがった)


静寂。


パチン。


背後から、彼女は俺の左肩を軽く叩いた。


俺は振り向かず、目の端だけで彼女を見る。


(肌に触れるまで、そこにいることすら感じなかった)


彼女の手のひらが、ゆっくりと俺の肘を滑り落ちる。

そして胸元へと移り、最後に片腕で俺を強く抱き寄せた。

彼女の胸が俺の背中に強く押し付けられる。


(この不快な動き……まさしく、蟻が這いずり回るような不快感だ)


彼女の顔が俺の耳元に近づき、囁いた。


「遊びはもう終わり」


それを聞いた瞬間、心臓が容赦なく跳ねた。


(言葉まで……!)


シルヴァにとって、今の俺の首筋は一撃で気絶させることができるスキル『NIGHT STAB』の射程内だった。

彼女の右手がゆっくりと持ち上がる。首筋へと振り下ろす構え。


「さよなら」


パチン!


その瞬間、彼女の右手首が背後から何かに掴まれた。


本来なら俺を抱きしめていたはずのシルヴァは、今ただ空を抱いていた。


『消えた……!?』


今や逆に、俺は彼女の後ろに回っていた。


俺はシルヴァの左手首を掴み、背後からその体を強く抱きしめる。彼女の動きは封じられた。


シルヴァは驚いた。

背後から強く抱きしめられているはずなのに、触れられている実感がまったくない。

ただ皮膚だけが圧迫されているかのように。


「感触が……ない……!?」


俺は彼女の耳元でささやく。


「ありがとう……お前のおかげだ」


「?これは……まさか!」


「ZERO AURA」


シルヴァの頭が左に揺れた——


キーン……


突然、シルヴァの耳に強い耳鳴りが響いた。

彼女の視界の中で、自分を抱きしめている俺の手が徐々にぼやけていき……

やがてすべてが暗闇に変わった。


彼女は俺の腕の中で気絶した。


月光の下、彼女の顔は上を向いている。


(あの技……あの言葉……いい。実にいい。まさかこの女が俺の大ファンだったとは。

どうして俺の本を知っているのかはわからないが……)


俺の手が彼女の頬に触れた。


「盗賊から大ファン、か……。これもまた傑作だな」


俺の人差し指がマスクに潜り込み、ゆっくりと下に引き下ろす。柔らかい頬が覗き始める。


「ん?」


俺の指が一瞬で止まる。突然、心臓が高鳴り、ゆっくりと恐怖が顔を覆っていく。


(こ…これは…俺の遊びの本能が今、怖がっている…)


月明かりに照らされたシルヴァの顔は、今は頬の一部だけが見えている。

その光景に、俺の指が震える。


(これ以上続ければ……俺の刻んだ夢は、すべて崩れ落ちる……)


俺は唾を飲み込んだ。


それから、気絶して洞窟の隅に倒れているリリーの方へ視線を移す。


闇の中で、彼女の体は青い炎のように見える。


その夜の満月は、いつもとは違って、とても大きく、とても明るく見えた。


洞窟の外で、俺は気絶したリリーの体を持ち上げた。

彼女の顔が、俺の視界から満月の光をゆっくりと遮る。


彼女の髪は下に垂れ、俺の肩に触れた。

俺は彼女の体を、自分の目の前で左右にゆっくりと揺らしてみる。


「まだ起きないな」


「………………」


「まあ……盗賊もゴブリンも、よく考えれば同じだ。 戦う相手が人型か、獣かの差だけ…。

ただの盗人……所詮はみんな、泥棒の種類が違うだけさ。」


俺は気絶したリリーを肩に担いで、歩き出した。


「よし…この女、ギルドに連れて行くか」


一瞬だけ、肩に乗せた気絶した少女をチラリと見る。


「シルヴァがアルファの狼なら、この女はただのデルタかオメガだけ。

言い換えれば…シルヴァにとっては、いくらでも代えが効く存在に過ぎない……たぶん。」


俺は月を見つめながら、街へと歩き戻っていく。


「可愛い大ファンのためだ…この程度なら、問題ないはずだ」


俺が東の森を出た時には、もう日が昇っていた。


そこでモリスが馬車に乗ってやって来た。


彼は、リリーが俺の肩で気絶しているのを見て、驚いた様子だった。


何も言わず、あまりの衝撃に、モリスはただ俺の肩を指さしただけだった。


「ん?これか?この女はただの盗賊だ。

ちょっと懲らしめてね…もし構わないなら、俺たちをギルドまで送ってくれないか??おじいさん。」

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