第三章 プロローグ
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放課後、荘厳としたチャイムの音が、校舎裏にも響き渡っていた。
「狼牙君と両想いだってことは知ってます。けれど、僕はあなたを好きになってしまいました!かなちゃん、どうか僕と付き合って下さい!」
また、だ。
私に告白する男は、いつも「狼牙君と両想いだとは知っている」と言う。
別に私たちは付き合っていない。幼い頃に「許婚」として親同士が口約束しただけだし、幼稚園の頃から高校二年生の今に至るまで、ずっと一緒にいただけだ。
狼牙のことは気に入っているけれど、お互い「好き」だとかは一言も交わしてないんだけどなあ……
「まずは、ありがとう」
その続きを言おうとした時点で、私に告白をした男は「確定演出だ!うわああああん!!!」と、泣きながら走り去っていってしまった。
残された私は、呆然と立ち尽くす。
「……帰ろ」
私は、やたらとモテる。あまりに素晴らしいお母様の遺伝子を持って生まれてきてしまったので、もうそれは仕方のないことだと割り切るしかないだろう。
お母様は、私がモテるメカニズムの一部を、軽く話題に出したことがある。
『あなたがモテるのは、基本的に私のおかげよ』
そう前置きをした後、ほろ酔いでごきげんなお母様は、色々理由を挙げてくれた。
まず、とんでもなく家柄がいいこと。これは単純なモテ要素ね。
次に、徹底的にマナーを叩き込んだこと。かなは自分が納得しないとマナーを身につけないから、大変だったわ……
あなたって行動や見た目は派手な部類だけど、「落ちているゴミを拾う」とか、「人の目を見て喋る」とか、「相手の話は遮らない」とか、ちゃんとしてるじゃない。そういう細かい部分の積み重ねが、モテる要因ね。
あの時はこんな風に話していたっけ。
会食帰りのお母様は、私のことを「可愛い可愛い」って褒めてくれるから、大好きだ。
でもさあ。目が濡れたようにトロンとしていて、頬もほんのり赤く、隙だらけに見えるのに、チューとかは絶対にさせてくれないんだよね……
生殺しされている気分になるのだけは、正直つらい。
お姉様には、私が何故モテるのかを直接教えてもらったことがある。
『それはもちろん、かながかなだからよ』
そう前置きしたのち、お姉様は熱っぽく話し始めた。
『かなって虫以外の生き物が大好きでしょ?多分そのせいだからだと思うんだけど、あなたって人と話す時に、すっごく目をキラキラさせて話を聞くの』
お姉様は、私の話を聞く態度は、もはや「とんでもない才能」とまで言い張った。
自分が語るごく普通の話を、まるで宝物を前にしたみたいな態度で、美少女が聞いてくれる。それは、強烈に自尊心に刺さるのだそうだ。
全力で「自分がつまらない人間」ということを、私は態度で否定してしまう。そうすると、相手は舞い上がってしまう。
『だから、あなたはモテるってわけ』
こんな感じで事細かに褒められてしまい、流石にくすぐったかった。嬉しくてチューしようとしたら、おでこにびしってチョップされた。
我が家の女たちは、貞操がガチガチだぜ……
二人のようにそんなしっかり理由を上げてもらわなくとも、自分ではもっと単純に考えている。
まず、私は単純に交友関係が広い。もはや私にとって、コミュニケーションは趣味だからね。
そして、最大の理由は、私があのとんでもなく尊い存在である「お姉様」の妹であること。
お姉様は決して届かない高嶺の花として扱われるが、私は親しみやすいし、隙も多い。
妹の方ならワンちゃんあるんじゃね? と思われてしまうのも、無理はないだろう。
私がモテるのなんて、この二つの理由でしかないと思うんだよね。
「うーん……私って、お姉様とお母様以外にときめくことって、あるのかなあ……」
今でもお母様を見るとすっごくムラつくし、お姉様の笑顔を見ると、心の深い部分がキュンとくる。
「女性としての幸せ……まだ私に恋愛は早いのかなあ」
さっきの彼も、筋肉質で格好いい男だった。それなのに、なんというか、こう……心に刺さらない。私の心臓は悲しいくらい平常運転だった。
私は心にオジサマを持つからこそ、男とか、女とか、そういう性別とかどうでもいいと思っている。私の恋愛対象は異性ではなく、人間だ。
私にとって、全ての人類は恋愛対象候補。みんなそれぞれ魅力的なのに……みんな、どうやって一人を選んでいるんだろう。
将来を添い遂げることを考えるなら、お母様やお姉様と同等なくらいキュンとくる人を選ぶつもりではいるのだが……はあ、恋愛、難しい。
なんとなく歩きたい気分だったので、爺やに連絡を入れて、迎えの必要はないと伝えた。
途中コンビニで買ったコーヒーキャンディを舐めながら、トボトボと歩く。
口の中が甘くて、苦い。
ふと、遠くを見る。
夕日が、いつもより赤いような気がして、少し笑った。
この時の私は、考えもしなかった。
この数カ月後。
「ちょ、やめ離せ!お姫様抱っこをやめろ!狼牙!ごめんって!ちょっとテンション上がって、唇と唇が触れ合っただけじゃん!ね?おおおおお落ち着け! ちょま、どんぐり!助け――って、いつも助けてくれるのに、なんで今日は『ようやくか……』みたいにしたり顔なの!? じゃあ、オジサマ、助け――オジサマ!?なんで今になって私と一体化するの!?タイミング!!!」
いつも甘えさせてくれる狼牙の目が、燃えたぎるように熱っぽい。
狼牙は普段からシャツのしわが一切ないような生真面目さがあるのに、今日に関しては服がシワになろうと全く問題ないといった様子だ。
「両親にも、ゆりにも、お手伝いさんにも、爺やにも、みんなに許可をもらった」
「なんのだよ!」
「お手伝いさん、今日は赤飯を炊くってさ」
「は、話を聞けえ!!!」
ぼふっ。
あっという間に自宅のベッドへ放り出され、狼牙が私の上に被さる。私の放り出された両手首を、狼牙の大きな手で掴んでくる。
私とは違うゴツゴツとした身体が、今日はやたら鮮明に感じる。
吐息が頬をかすめた。
身体が熱い。
「あとは、かなだけ」
「おおおおおお、おちけつ!近い近い!」
「嫌だったら、ちゃんと抵抗して」
「さっきから抵抗してるだろ!」
「大丈夫。あっという間に終わるから」
「だ!か!ら!話を聞け!」
「かな、さっきから本気で抵抗してない」
ダークグレーの瞳が、全てを見透かすように私を覗き込んでいた。
「あの時みたいに、最初は、かなからして」
「……」
ここで引き返せば、狼牙は私に決して手を出さない。そういう男だというのは、よーく知っている。
それなのに……
(そんな余裕そうな表情しやがって!キーッ!ムカつくムカつく!ムカつく!)
だから、私は――
❀❀❀ 第三章 ❀❀❀
心にオジサマを飼うお嬢様のマナー
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