2話 認める
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――ドレスよりスニーカー。
【ヒーローに守られるだけじゃない、自力で突き進む庶民ヒロイン】
そんなテーマをコンセプトにした物語だ。
簡単にストーリーを説明しよう。
舞台は天才と名門の富裕層だけが集う、特殊な名門高校。
その高校になんとか入学した庶民の女性主人公。自らの野心だけを武器に、金持ちどものイビリに負けず、恋も、その先の人生も、自分の力で勝ち取っていく物語だ。
そして、ここが一番のポイント。
ドレスよりスニーカーは、「僕の妻」が書き綴っていた物語でもあるのだ――
学生時代には決してそういう面を見せなかったが、妻は重度のオタクを発症している。
あっ、別に僕はオタクに偏見なんてないよ。なんなら、昔よりもオタクに優しい世界になったことを、むしろ好ましく思っているくらいだ。
それなのに発症なんて言い方をした理由。
それは、明らかに妻がオタク活動をしている時、人格が変わるからだ。
ある時はイケボ声優さんのボイスを聞きながら、
『うぎゃあああああ!!!脳が溶けりゅううううう!!!無理無理無理無理!ちぬ。てか、ちんだ』
と、机をバンバン叩き、ある時は美麗な和風イケメン男子の新作イラストを見て、
「みぎゃあああああ!!!とう、とうとうっと、とととととととと……と゛う゛と゛い゛!ちょま顔が、顔が良すぎる!むりしぬ。てか、しんだ」
と、アスファルトの上でひっくり返るセミのように動かなくなったりと、奇行が絶えないのだ。
そんな妻を見ながら、僕は「今日も妻はよく死ぬなあ……」と、苦笑いしてたっけ。懐かしいなあ……
その趣味が高じて、高校卒業後、彼女は自分で供給する側へと回ることになる。
大学で妻と同じ趣味の仲間を集め、卒業後もそのメンバーで集まり、仕事をしながらオリジナル作品まで作るようになった。
まず、リーダーの妻が作品の大枠(物語、キャラ、世界観)を考え、それを元に作品として完成させていく。
ある時は漫画、ある時はボイスドラマ、ある時は映像作品など、いろんな手段で。
その中の一つが、僕が死ぬ前に作ろうとしていた、「ドレスよりスニーカー」というわけだ。
妻たちは創作の初心者だ。当たり前だが、プロのように洗練された物語ではない。
僕も原稿を読ませてもらった時は、いろんなところが荒いし、ツッコミどころも多かった。けれど、魂のこもった作品で、不思議と心に残り、読ませる力がある物語だった。
今まで妻が作ってきた全ての原稿を読ませてもらったが、その中でも僕の一番好きな作品だったりする。
妻は「この話を元に、今度は乙女ゲームを作ってみようと思うの!」って、顔をほころばせて言ってたっけ。
ああ、妻に会いたいなあ……それで、妻と一緒に完成したゲームをプレイしたかった。
……あ、やばい。
いくら僕の意識があるとはいえ、今のこの体は赤ちゃんだ。悲しい感情を制御することは、まだ難しい。
「おんぎゃああああああ!!!!おんぎゃあああああ!!!」
――失礼。いっぱい泣いて、優しくあやされたら落ち着きました。
で、だ。
僕はその「ドレスよりスニーカー」に出てくる悪役令嬢と名前がおんなじなのだ。
双子の姉がいるというシチュエーションまで同じで、姉の名前すら同じ。多分成長したら、見た目も同じだろう。
確か物語では、姉のゆりの方は、周りの人に恵まれ、放っておいてもなんの問題もなく幸せに暮らす。
ただ、妹のかなの方はそうはいかない。
かなは紆余曲折あり、姉と別れ、海外で父親と暮らすことになる。そして、父親の家のお手伝いさんの悪意に晒され続け、歪んだ幼少期を過ごす事となるのだ。
それから、高校で再会を果たし――それからは、立派な悪役令嬢だ。
その悪役令嬢白佐藤かなは、物語と同じ結末をたどるのなら最悪な……
「あうー?」
あれ、よく考えたら、別に最悪な目にあうというわけではないぞ。
舞台はあくまでパラレルワールドの日本だ。あまりに現実からかけ離れるのはよくないと、メインの舞台である学園から追放される結末で終わったんだったっけか?
「あぶう」
でも、権力もお金もあるヒーローたちの家から圧力をかけられ、成功者としての道は閉ざされてはいるから、やっぱりよくないか。
「あぶぶぶぶ」
でもでも、物語の最後では、「こんな底辺からでも、わたくしは這い上がって見せますわ!」と、海外で一からやり直す場面がちょっとだけ描かれていたから、もしかしたらなんとかなるのかもしれない。
「あうぅ」
でもなあ……物語のエピローグに、一つだけ気になる一文が書いてあった。これを許容するわけにはいかない。
――白佐藤かなはその後、「地雷女」としての噂が広く広まり、生涯男からは愛されず、独身の道を進むことになる。
この一文さえなければ何も文句はなかったのだが……
これはいささか昭和の価値観なのかもしれないけど、僕は女性には幸せな恋をして、幸せに生きてほしいと願っている人間だ。
別に仕事に生きようが、生涯独身だろうが、そういう人生もあるのは否定しない。幸せの形を他人が決めることはできないからね。
けれど、最初から恋愛で幸せになる道が一切ないっていうのは、なんだかなあ……という感じだ。
(それにだ。物語の中に転生したっていうのは、やっぱり考えすぎかなあ……)
この期に及んで、僕はまだこの考えを捨てきれないでいる。
……本当は、「ここがドレスよりスニーカーの世界」だという可能性が極めて高いということは分かっているんだ。明らかにここは日本っぽいのに、母や私たち双子の髪色がピンクなことや、瞳の色が金色なこと、専属ナニーは明らかに日本人なのに、少し青みがかった黒髪に、暗い茶色の瞳をしていたことなど、小さな違和感はずっとあった。
明らかにドレスよりスニーカーの世界と考えたほうが辻褄が合うってことは、理解している。
それでもうまく現実を受け止めきれていないのは、僕が二度と表に出てこないと決めてしまったからだろう。
……やっぱり、かなの人生の邪魔をするわけにはいかないよね。きっと、偶然が重なっただけだ。
そうやって、無理やり自分を納得させようとした、まさにその時。
プルルルルル。
子ども部屋に、携帯電話の音が鳴り響いた。
音の発生場所は、僕らの面倒を見てくれている女性のポケット。
彼女は、ベビーシッターというより、住み込みで子供の世話をする専属ナニーということが最近判明した。ナニーという言葉にあまり馴染みはないが、たしかああいうプロの人をそう呼ぶはず。
「はいもしもし、愛相澤です。旦那様ですか……はい、無事ににっぽんの白佐藤家に――」
1コールで電話に出た時の彼女の声は、好きな人と電話するように弾んでいた。
……愛相澤……にっぽん……やっぱりすごく聞き覚えがあるな。
確か「ドレスよりスニーカー」の世界は、日本のパラレルワールドということを表現するため、苗字と、国の名前が日本とはちょっと違う。
苗字は、有名な日本の苗字に一文字足したキャラが多く、国の正式名称も日本じゃなくて、「にっぽん」だったはずだ。
……うん、そっか。もう認めるしかないな。
僕は確かに、ドレスよりスニーカーの世界に転生してしまったようだ。
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