13話 救出する 1/3
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季節はあっという間に一巡し、桜も完全に散った、春のこと。
シャカシャカシャカ――
ゆりと一緒に歯を磨きながら、いつもの言葉を思い浮かべる。
『頭に“できない”が少しでもよぎったら、負けだ。そうならないように、とにかく自分を信じてみなさい』
今日もあの時父に言われた言葉をおまじないにして、一日のスタートだ。
あれを言われた時は年中さんの時――どんぐりを飼うことになった日の夜のことだ。
あの時はたしか、ピンチの時どうすれば頭が真っ白にならないかを聞きに行くために、お父様が入っているお風呂場へ突撃しに行ったのだ。
お父様は「うーん……」とたくさん悩んだ上で、いろんなことをかなのために話してくれた。
お父様もいっぱい失敗したこと。失敗のたびに周りに助けられたこと。失敗しても諦めずに何度も挑戦したこと。自分の気持ちに嘘をつかず、とにかく行動したこと。
その時の言葉一つ一つが、かなの宝物だ。
そんなかなは、今や幼稚園の一番上、年長さんにまでなった。もう靴の左右が見分けられるようになったし、一人で身だしなみだってできる。
最近ではリボン結びの靴に挑戦しようとしているが、お姉様のように綺麗に上手く結べないのが悩みだ。
身支度を終え、お手伝いさんが作ってくれた美味しい朝ごはんを食べる。
かながご機嫌に「朝は米♪ 米米こめえ!」と強引なCMの替え歌を歌うと、いつも無表情のお手伝いさんの口元がモゴモゴしていた。やはりお手伝いさんは、笑いのツボが浅い。
食後、爺やとゆりと一緒に、大きな公園にどんぐりの散歩に行き、そのまま幼稚園へ行く。これが、いつもの流れ。
黒のセンチュリーに、どんぐりとゆりと一緒に乗り込む。また爺やが「朝が早え」とか、「日光うぜえ」とかぼやいていたが、いつものように無視。どんなにぼやいていても、ちゃんと仕事はしてくれるのが、爺やの偉いところだ。
どんぐりは、自分でぴょんと車に乗り込むことができるようになった。あれだけ小さかったどんぐりも、今や見事な大型犬だ。耳はピンと立ち、目もぱっちりと凛々しい。
迎えた日から家族みんなで、ずっとずっと愛情を注いで育ててきたからか、とってもいい子に育った。未だ落ち着きはないし、いたずらしたり興奮したりもあるけれど、それはただ元気が有り余っているからだと母は言う。たくさん運動さえさせてあげれば、何の問題もないのだそうだ。
車で十分程揺られているうちに、公園へとたどり着いた。
しばらく三人とどんぐりでゆっくり歩いたり、たまに走ってみたり。そうしていると、どんぐりがトイレを済ませる。
直後、どんぐりが期待した目でかな達を見上げた。うんちやおしっこをしっかり処理したら、運動の始まり。いつもの流れを、賢いどんぐりは分かっているのだ。
「さあ、行くよ!どんぐり!」
かながボールを精一杯投げる。どんぐりは一直線に走り出し、パクっと拾う。それから、とっても楽しそうにどんぐりがこちらに駆け寄ってくる。
「よしよしよし!どんぐり、偉い!」
次はゆりの番だ。ゆりも同じようにボールを投げる。咥えて戻ってくると、「どんちゃん、偉い」といっぱい褒める。
たまーにかなも一緒に走ってみたり、投げ方を変えてみたり、フェイントを織り交ぜてみたり。
「アハハハハハ!!」
この時間がかなは大好きだ。腹の底からポカポカした気持ちが込み上げてくる。
「爺や!お願い!一回だけ投げて!」
「……しゃあねえなあ。一回だけだぞ?」
いかにも面倒くさそうに、それと同時に楽しそうに爺やは答えた。
爺やは、とっても遠くにボールを投げることができる。こういう時、かなも早く大人になりたいと思う。
びゅん――!
爺やの投げたボールは空に大きく弧を描き、遥か遠くへ飛んでいった。
投げられたボールに向かって、ミサイルが発射されたように追いかけていったどんぐりを見ていると……ある“変なもの”が視界に入った。
「爺や!ちょっとあっちへ行ってくる!」
「ん?おう。でも、あんまり離れるなよ。お前らに何かあれば、俺が怒られるんだからな」
「はあーい!」
かながその変なものを見つけたのは、自販機の下だ。
そこへ向かい、近くで見てみると、その正体が分かった。
「うわあ……」
困惑と、呆れの混じった声が漏れる。
目の前で、かなと同年代くらいの女の子が、自販機の下に潜り込んで挟まっていたのだ。それを見てかなは「なんだか自販機に食べられているみたい」と思った。
ただ、僕は違う。なぜか言いようのない、果てしなく嫌な予感が頭をよぎっていた。
……まあ、流石に気にし過ぎか。
「ねえ、大丈夫?」
「見て分かるでしょ!だいじょばないわ!」
その女の子は、挟まれていても強気だったけれど、少し声に湿り気があった。きっと自分ではどうしようもなくて、心底困っていたのだろう。
かなは女の子をひっぱり、なんとか救出する。
黒目黒髪の、可愛い女の子だ。少し潤んだ瞳でも、彼女の目は力強い。ストリートで強くたくましく生きてきた孤児のような……そんな生命力を、かなは彼女から感じとった。
「ふぅ……ありがとう!って、あなた、私と同じくらい可愛いわね!名前は何ていうの?」
「私?私は白佐藤かな!年長さんだよ!あなたは?」
「私はね、井中村ようこって言うの。私は幼稚園に通ってないけど、多分同い年ね。よろしくね!」
「うん!よろしく!」
……そっかそっか。井中村ようこ……か。
嫌な予感が当たってしまった。
彼女は、「ドレスよりスニーカー」の主人公ちゃんだ。おそらく名前が同じなだけの別人ってことはないだろう。
だって……
(僕の妻は「壁尻」というものが、やたらと好きだったんだよなあ……)
壁尻は人類史上最高の発明だとかなんとか、妻はよく言っていたんだよ。
だから、主人公ちゃんにはいっぱい壁尻してもらおうって、楽しそうに語っていた。
なんか、その……僕の妻がすみません。
僕は無性に主人公ちゃんに謝りたくなったのだった。
感想、ツッコミ等、じゃんじゃんお待ちしています。




