11話 思い出す 後編
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その男は、隣にいるかなのことを、一切視界に捉えていなかった。そして、今まで出会ってきたどんな人にもない独特の雰囲気を持っていた。
その貞子のような見た目も、ホラーが苦手なかなの恐怖を加速させた。
「さくらちゃんは、ぼ、ぼ、僕の天使だ。ひ、ヒヒヒヒヒ」
間違いなく変質者だ。逃げなければいけない。
後ろのドアを開いて、受付のお姉さんに頼れば、きっとなんとかなる。
それか、一言「助けて」と叫べば、セキュリティがしっかりしているここなら、すぐに誰かが助けてくれるはずだ。
ただ、かなは動けなかった。
頭で分かっていても、まだまだ幼い女の子だ。
さくらちゃんと二人、ただただ繋いだ手を強く握りしめて、立ち尽くしていた。
かなの心の中で、僕は咄嗟に動いた。
もしかしたら、かなだけでこの場を乗り切れるのかもしれない。けれど、今回ばかりは僕が表に出ることを強く意識して、無理やり変わってもらった。
(君たちはまだ幼い子供だ。こういう時は、大人に守られてなさい)
僕はさくらちゃんの盾になるように、一歩前に出た。クソロリコン野郎の視線に、一秒たりとも晒されてほしくなかったからな。
よし、また以前のように、大きな声で叫んで助けてもらおう。
そう決意し、僕が大きく息を吸って胸を大きく膨らませ始めた瞬間。
「お兄様?」
「たすけ――え?お兄様?」
一気に、全身の力が抜けた。
どうやら、彼は変質者ではないようだ。
顔を上げると、貞子のように見えたのは、もじゃもじゃの長い髪の毛を伸ばしていただけだと分かった。
喋り方や笑い方がおかしいのも、“そういう人”というだけだったようだ。見事に早とちりして、勘違いしてしまった。
一度安心した途端、僕たちは自然と入れ替わり、いつものようにかなが表になる。
「あれ、さくらのお兄さん?お迎えの人ってことで合ってるんだよね?へんしつしゃじゃないよね?」
桜の耳元で、こっそりそんな内容を話す。
「うん。もちろん。あれは正真正銘さくらのお兄様よ」
「もう、さくらちゃんを狙う危ない人だと思って、びっくりしたじゃん」
「うふふ~」
そんな風にぐちぐち文句を言いながらも、車の中でお姉様がやってくるのを待つことにした。
車内でお兄さんと話してみると、彼はかなり変わった人だった。一言で言うなら「音楽バカ」だ。音楽以外のことにあまりに無頓着。彼はそういう人だ。
まあ、それさえ分かれば、かなももう怖くない。
その後は普通にお兄さんと楽しくおしゃべりしていると、すぐにお姉様がやってきた。
車内では、お兄さんが積極的に会話を回してくれた。というより、割と一方的に、とにかく早口でガンガン話していたという方が正しいか。
「そう、さくらはやけにモテるんだ!ただそのせいで、変な男にまで粘着されることもあってね、今までストーカーは何人も消して来たんだけど、一向に数が減らないんだ」
お兄さんもストーカーみたいでしたよという言葉は、もちろん飲み込む。
「さくら、あんまり男の子と関わらない方がいいのかなあ……」
そんな風に落ち込んでしまったさくらに、かなはこうアドバイスした。
「んんっとねえ。そうだ!これはとっても男の子の扱いが上手い、かなの尊敬する女性が言ってたんだけど、かなには難しくてよく分からなかったの。でも、さくらちゃんなら分かるかもしれないから、そのまま教えるね」
男の子の扱いがうまい?そんな女性、かなの周りにいたっけ?
「なんか、『男の性欲は刺激してもいい。なんなら推奨する。けれど、塩梅の調整は失敗してはダメ。スイッチを押してしまうと、身の危険がある』んだって」
……かな?どこでそんな娼婦のような事を覚えた?
ただ、そのやり手ホステスさんが言いそうな言葉……どこかで聞き覚えがあるような……
その直後のことだ。
僕の脳内で、流れ込むように「ある人物」の記憶が蘇ってきた。遅れて、どうやってかながそんな言葉を覚えたのか、全て繋がっていく。
(そうだった……これ、僕の前世のもう一人のお姉ちゃんがよく言っていた言葉だ。忘れていた僕の次女の記憶を、かなが掘り起こしたんだ)
僕の次女はなんというか、こう……言い方をマイルドにすると、とにかく異性との交友関係の塩梅が上手くて、独特の哲学を持つ人だった。
『男って馬鹿ね。女が可愛いを利用して、男の可愛いところを突いているのに、全く気づいていないんだもの』
『僕は2日に一回しか寝ない!ゲームのためなら致し方なし!あああああ!命を削ってゲームするの、どうにかなっちゃうくらい楽しい!気絶しそうになった時に食べるカップラーメンが、この世で一番美味しい!』
『いい?ルールは守るものじゃなくて、利用するものだよ』
ああ……懐かしい。お姉ちゃんが言っていた言葉の数々が、今なら鮮明に思い出せる。
引きこもりとして一切家から出ないのに、お金に一切困っていなくて、子供向けアニメが大好きで、やられたことは絶対に倍返しにする。
元いじめられっこで、一時期インターネットアイドルをやっていたことを黒歴史として思っていて、家族にはとっても優しい。
そんなお姉ちゃんが僕は大好きだったけれど……子供にはちょっと刺激の強い人でもある。
……そっかそっか。そう言えば、かなは僕が表に出ている間、僕の記憶の旅に出ているんだった。
かなは僕が表に出ている間、記憶を掘り起こしているらしい。特に、僕の大切な人の記憶への道へはたどり着きやすいらしいということを、以前語っていた。
『オジサマの中には4つの大きな記憶の塊があるから、そこを順番に巡っているだけ』
ということらしいが……妻、長女、次女くらいしか、思い当たるフシはない。多分だけど、僕の大切な人は、もう一人いるのかな。
うーん…………だめだ。自分では全く思い出せない。
かなは簡単そうにやってしまうけど、僕にはどうしてもできないみたいだ。難儀なものだ。
その後、かなたちは僕の次女の話を中心に盛り上がった。
男は90割バカだとか、そんな突っ込みやすい格言とかならまだいいのだが……
「読書はセクースと似たようなものらしいよ!」
とか、
「被害者面は女性の必殺技!」
とか、そういう話はちょっとね。
他にも、男心をくすぐる頼み事の仕方や、いやらしくないけど、ほんのり男がムラつくスキンシップの仕方、強引な誘いの断り方など、深い話にまで及んだ。
かなは性知識自体はあっても、生きた経験としてそういう事情をあまり理解していない。だから、恥ずかしげもなくこういう事を話せてしまう。
どうも、実際に自分が知識を利用する側だという認識が薄いようだ。
ただ、さくらちゃんはかなの話――正確には、僕の次女の話に誰よりも興味津々で……
なんと次の日には、幼稚園で男の子を侍らせていたのだった。
もしかしたら、かなはとんでもないモンスターを生み出してしまったのかもしれない。
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