9話 抱きしめられる
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次の日、幼稚園に行く前の少しの時間に、僕は頭を巡らせる。
かなは切り替えができる子だ。
かなの中で「ピンチの時に頭が真っ白にならない方法」はまだ解決していないが、その悩みに囚われすぎずに、日々を過ごすことができるだろう。
そもそも、かなの毎日は忙しい。今は毎日を全力で過ごすことに精一杯で、立ち止まってゆっくり考えている暇などないのだ。
だから、いつもは僕がたくさん考えるのだが……
(この問題に関しては、僕が助けることができない)
感覚や考えを共有することで、僕とかなは一つに近づいてきてはいるが……現状では「別人格」という表現のほうがやはり正しい。かなと僕で「現実」という同じページを読んでいても、捉え方が全然違うのだ。
僕のできることは、かなを信じることだけ。
大丈夫、かなはすごい子だ。それは僕が誰よりも分かっている。
最近では僕の長女に憧れて、スラングを使ってお母様に怒られることも多いけれど……それでも僕は、かなに長女の記憶を隠そうとは思わない。
僕の全てはかなのものだ。ピンチの時に僕が表に出ようが、僕の記憶を使おうが、別になんの問題もない。なんなら僕は、かなには僕という存在を上手く使いこなしてほしいとすら思っているくらいだからね。
と、僕の気持ちはいつも通りかなに伝えたうえで……さあ、今日も一緒に頑張っていこう。
「おはよー!」「おはようございます」
「おはようございます」
パリッとした制服に着替えたゆりとかなは、いつものように幼稚園に車で向かい、先生に挨拶をする。
「あれ?ろーがくん、髪をバッサリ切ってきたんだ!かっこいいね!」
年中組の自分のクラスに入ると、狼牙君がそわそわしながら入口を見て立っていたので、かなはすぐに声をかけた。
狼牙君は目にまでかかっていた前髪を切り、短めのウルフカットにしていた。暗めのアッシュブラックの直毛と、ヘアスタイルがよく似合っている。
「かなちゃん、おはよう。これ、怖くないかな?僕の目や顔つきって、お父さんにそっくりだから、きついでしょ?」
今までは長い前髪のせいで分からなかったが、確かに目や眉毛が特に力強い。ただ、やはり攻略対象なだけあって、一つ一つのパーツがとても整っている。
あくまで「ドレスよりスニーカー」での話だが、高校生の狼牙君は、怖い顔を隠すため、ずっと前髪をおろしていた。
同じクラスにいても、いつも無口でぶっきらぼう。クラスにいてもよく分からない存在。でも、一度主人公を愛してしまうと、デロッデロに甘くなるヒーロー。
それが、狼牙君というキャラだ。
……まあでも、かながにっぽんにいる時点で、僕が読んだ「ドレスよりスニーカー」の筋書き通りには進んでいない。前提が崩壊しているのだから、もうストーリーのことは気にしても仕方がないだろう。
「うーん……たしかによく見たら怖い顔してるかもだけど、なんか大丈夫!」
僕もそう思う。纏う雰囲気と、瞳の奥の優しい光のおかげで、まったく怖くない。
「そう、それならよかった」
「じゃ、今日も自由遊びの時間に、逃走中しようね!」
「うん!」
このように、朝の会が始まるまで他愛もない会話を続けていると、
「このクラスに白佐藤かなさんは居ますか~」
クラスの入口から、あまり聞き馴染みのない、幼い女の子の声が聞こえてきた。
振り返ると、天使みたいなふわふわした女の子が、私を見てニコニコしながら手を振っている。
オレンジの長髪をこれでもかってくらいふわっふわにして、制服にはハートのアクセサリーがこれでもかってくらい散りばめられている、特徴的な女の子だ。
あの子、どこかで見たことがあるような……
あ、そうだ。一度だけ、あの子のことをチラリと見たことがある。
かなのお稽古の時、ピアノ教室の上級クラスにいる子だ。
かなはそこまでピアノが得意ではないので、教室が違い、接点はほぼないと言ってもいいだろう。
「はーい。私がかなだけど、どうしたの?」
ちょいちょいと手招きされたので、かなはそのキュートな女の子の元へ駆け寄る。
「……」
呼び出しておいて、自分からはなんにも話し出そうとしない。女の子はとにかくニコニコしているだけだ。
仕方なく、かなから話しかけることにした。
「えっと、あなたの名前は?」
「えっとお~。私は金小山さくらって言うの。よろしくね~」
「うん、よろしく」
「……」
沈黙が訪れる。なんともまあ、掴めない人だ。
「さくらちゃんは私に何の用?」
「さくらちゃん……さくらちゃん、うふふ~、いい響き」
「……」
「それで、さくらちゃんは、かなに何の用かな?」
かな、偉い。
かなはみんなを巻き込んで遊ぶことが多いからか、話すのが苦手な子に合わせるのに慣れている。
それをかなは当然なことのように思っているが……それは、簡単なことじゃないんだよ。大人にだってできない人は、とことんできないからね。
「えっとねえ~。なんだっけ。 ……ああ、そうだ。かなちゃん、もっとこっちへ来て?」
なんだか、この子の声はとにかく甘く、やたら耳に残る。だが、不思議と嫌ではない。
かなはそんな事を思いながら、言われたとおり一歩近づく。もうちょっと、と言われ、どんどん距離が縮まっていく。
そして、おでこがぶつかりそうになった途端、かなの身体はぎゅっと引き寄せられ――ふわっと抱きしめられた。
「かなちゃん。ありがとう」
「????」
流石のかなも、これは想定外。なんで抱きしめられているのか、なんで感謝されたのか、何もかもちんぷんかんぷんだ。
「それが言いたかったの。じゃあね~」
「あっ、ちょ」
「あ、そうだ」
かなが理由を聞こうと止めようとしたら、さくらちゃんは急に立ち止まった。
……とんでもなくマイペースな子だ。かながこれだけ振り回されるのなんて、珍しい。
「あのね、さくら、クラスで浮いてるから、いつもやっている逃走中に参加したい。別のクラスだけど、いいかな?」
「それは、もちろんいいけど……」
「ありがと~。でも、さくらは『手を怪我するのはだめ』ってママにきつく言われてるから、あんまり戦力にならないと思うの。それでもいい?」
「いいけど……戦力ってことは、ハンター役やるの?」
「うん、さくら、かなちゃんと一緒にハンター役やりたい」
「分かった。じゃあ、また自由遊びの時間にこのクラスに来てね」
「はあ~い」
そう言って、さくらちゃんはテクテクと自分のクラスに戻っていった。
「あっ、なんで感謝されたのか聞くの、忘れてた」
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