1話 転生した
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「ごめんね。子供が産めない体で。あなたは子供が大好きなのに…」
僕の妻が、消え入るような声でそう呟いた。
彼女は、綺麗な笑顔で周りを明るくする、ひまわりのような女性だ。
学生の頃から高嶺の花で、それはそれは男にモテていた。
そんな彼女と高校卒業を機に付き合い始め、一年ほど前についに結婚にまで至った。
妻が何故こんな平凡な僕を好きになってくれたのか。それは「恥ずかしい」と教えてくれない。
僕なんて穏やかなだけが取り柄で、ごく平凡な人間なのになあ……
そんな彼女でも、たまに弱気になることだってある。
この日は病院の検査結果を聞いてきたばかりで、少し気落ちしているみたいだ。
「もし子どもがいなくても、僕たちには僕たちなりの幸せがあるよ。それを一緒に見つけていこう」
それに、と僕は続ける。
「今となっては君を独り占めできて嬉しいよ」
「あなた……」
これが、最後の会話だった。
この日、僕は大型トラックに跳ねられそうになっている子供を助け――
「「おぎゃあ!おぎゃあ!」」
眩しい光。慌ただしい足音。
なんでかは分からないけど、僕は本能のままに力いっぱい泣いていた。
「生まれました!元気な双子の女の子ですよ!」
ぼんやりとした視界の向こうで、白い服を着た女性たちが忙しそうに動いている。
「ふふふ、可愛い……」
誰かが嬉しそうに笑っている。
一度も聞いたことがないはずの声。なのに、何度も聞いたことのあるような、懐かしさが胸を満たす。
ふと、柔らかな指先が僕の頬をそっと撫でた。
その瞬間、僕の心に今まで感じたことのないような暖かさが満ちる。
これは、安心感……?
……そうか。この身体は、ずっとずっと彼女に会いたかったんだ。
てことは……これは、あれだ。
どうやら僕は、赤ちゃんになってしまったようだ。
❀❀❀❀❀❀
数ヶ月ほど赤ちゃんとして暮らして、首が座ってきた頃。
ようやく分かったことがある。
まず一つ。僕は転生した。それも、女性に。
女性として生まれたのに、僕はまだ男性の価値観を持ってしまっている。
これ、どうにかなるのかなあ……
そして、分かったことはもう一つ。
――僕の存在は、かなの健全な成長にあまりよろしくない。
ああ、かなっていうのは僕の名前だ。
今となりで寝ているとっても可愛い女の子が、双子の姉のゆり。おそらく一卵性の双子だろう。かなに似て、ちょっとびっくりするくらいキュートだ。
そしてその双子の妹である僕の名前が、かな。
何度も何度も嬉しそうに名前を呼んでくれるので、自然と覚えてしまった。
……ああ、そうだった。かなの健全な成長の話だったね。
今の僕は二重人格のような存在だ。
妻と一緒によく見ていた転生ものの知識だと、こういう時ってかなの人格がある前提で、僕というイレギュラーな人格が溶け込んでいるイメージだった。
でも、かなと僕は違う。
なんというか、僕たちは上手く一つに融合していないのだ。かなという主人格に、僕というサブ人格がお邪魔してしまっているような……
そのせいで、かなの成長を阻害してしまうのではないかと、僕は恐れている。
僕の存在がかなの健全な成長によろしくないと思った根拠は、他にもある。
かなは喜怒哀楽などの感情がとっても豊かなのに比べ、僕はそうでもないのだ。
例えば、母が僕を抱っこすると、僕は「ありがたいなあ……」って思うくらいだけど、かなは、「好き好き好き好き!この人大好き!!!!」ってくらい、感情のみずみずしさがまるで違う。
かなは僕なんかよりずっと、毎日を全力で生きている。ある程度大人の認識のある僕には、そんな風にはできない。
……これ、なんとなくだけど、あまりよろしくないことだと思うんだよね。
なんで二重人格のようになっているのか、原因はさっぱり分からない。
そもそも原因を推測しようにも、僕は僕自身のことを、あまり深く思い出せないときた。
何て言うんだろう。頑張れば思い出せそうな気もするんだ。けれど、1000年昔のことを思い出すような苦労があるってイメージといえば伝わるかな。
現状思い出せたことは、最愛の妻のことと、自身の死の直前だけだ。
それでもすんなりと妻のことを思い出せたのは、彼女がそれほど大事だったのだろう。
……うん。そうだな。決めた。
どうせ僕は死人だ。僕は心の奥底に引っ込んで、かなが幸せでもゆっくり眺めておこう。
❀❀❀❀❀❀
「あぶっ!」「だう!」
今日もかなとゆりは嬉しそうに、小さな手足をバタバタさせている。
そんな楽しそうなかなを邪魔しないように、心の中で小さくなって、僕は今日もいろんなこと考える。
優しそうな母親の確かな愛、隣には可愛いお姉ちゃん、専属のベビーシッター。
大きな部屋、広い天井、高そうな絵画、品のいいベビーベッド、大きなお風呂。
きっとこの家は、とっても裕福だ。
これだけ要素があるんだ。やっぱり、かなは僕がいないほうが幸せになるだろう。これなら、安心して引っ込んでいられる。
そんな風に僕が二度と表に出てこないと決めた、ある日のこと。
ふと僕たちの面倒を見てくれているベビーシッターさんから、こんな呟きが聞こえてきた。
「ふふふ、なんとか信用を得ることに成功したわ。ようやく計画を進められる。これでこの名門の白佐藤家も、終わり。私が二人の関係をめちゃくちゃにしてやるわ」
……ん?
あんな優しそうなベビーシッターさんから出た言葉とは思わず、一瞬思考が止まってしまった。
えっと……白佐藤家っていうのは……もしかして僕たちの家のことかな?
それが正しいのなら、どうやらこのベビーシッターさんは僕たちにとって危険な人のようだ。
それにしても、白佐藤家、白佐藤家……うーん、なんか聞いたことがあるんだよなあ……
その時。
ブワッと流れるように、ある記憶を思い出した。
いやいや。
そんなまさか……
まさか僕が「ドレスよりスニーカー」の世界に転生しちゃったなんて、そんな摩訶不思議なことが起こるわけがない!
きっと、偶然。偶然のはず……
そう頭で否定しようにも、名門の白佐藤家ってワード、すんごい知ってる。
白佐藤ゆり、白佐藤かな。
この名前にもすんごく聞き覚えがあるときたもんだ。
ん?かなって、僕のことだよな……?
白佐藤……かな?
「あぶう!?」
もしかして、僕、悪役令嬢!?
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