4話 学ぶ 後編
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幼稚園の年少のクラスでも、ゆりはみんなの憧れの的だ。誰も何も言っていないのに、みんなゆりをお姫様のように大切に扱う。ものすごく生意気な「三馬鹿」の男の子たちですら、「裏ボス」とでも思っているような言動を見せる。
それはきっと、ゆりの持つ天性の空気感がそうさせるのだろう。
そんな特別なゆりのことが、かなは密かな自慢だった。
ちょこんと奥ゆかしく椅子に座るゆり。
給食が美味しくて少し頬を緩ませるゆり。
鬼ごっこ中、華麗な身体さばきでひらひらと避け、決して捕まらないゆり。
その全てが、かなには輝いて見えていた。
ただ、そんなゆりにも普通に悩みがある。それがかなにはあまりに新鮮らしく……かなの視野が、どんどん広がっていく。
「私、たまーに頭の中が、糸が絡まったみたいにぐちゃぐちゃってなる時がある。そんな時、いっつも大きな目をキラキラと輝かせているかなが、すっごく羨ましくなるの……」
そう弱音をこぼすように呟かれた言葉に、かなは即座に反応した。
「かなだってお姉様のことが羨ましいよ!だから、お姉様がそんなふうに思うのは、ちが……むぐっ」
お母様が目にも止まらぬ滑らかな身体さばきで、かなの口を塞いだ。
「だめよ。かな。大好きなゆりを慰めようとしたのは分かるけれど、この悩みはゆりだけの大切なものなの。簡単に否定してはいけないわ」
「そうだった!ごめんね、お姉様」
「うん、大丈夫」
「じゃあゆり。まずは、どうしてぐちゃぐちゃって思うのか、一緒に解きほぐしていきましょう」
そうして、今日も授業が進んでいく――
「そっか。私は天才なんかじゃないんだ」
「そうね。ゆりは今まで習ったことを、別のことにも応用できる力があるだけよ」
「うん、私はただ覚えたパズルを、頭の中でつなげているだけだもん」
「そう、ゆりにとってそれは当たり前のことなのよね。でもね、実はそれ、誰でもできることじゃあないのよ。実際、かなはそんなことできないでしょ?」
「うん!そんなこと考えたことすらなかった!やっぱりお姉様はすごい!」
「そんなことないよ。かなのほうが、いっつも周りの人を楽しくさせて、すごいもん!」
この言い分に関して、かなは何と言われようと譲るつもりはないようだ。
「ふふっ、かなもゆりも、お互いのことが大好きなのね」
「「もちろん!!」」
かなとゆりは、お互いに顔を見合わせて、花開くように笑った。
お姉様のことが好き。どうしようもなくお姉様が大好き。かなのそんなキラキラした気持ちが、僕にまで伝わってくる。
「私も仲間に入れなさい!」
母は楽しそうに笑う二人の元へ駆けつけ、まとめてぎゅっと抱きしめた。
こうして包まれていると、かなの心はポカポカと温かくなっていく。表情筋が緩み、抑えようとしても口角が上がってしまう。
かなにとって、みんなは澄んだお日様の光だ。大好きなみんながいるから、かなは毎日が楽しくて楽しくて仕方がない。
(この柔らかな温かさ、込み上げてくる幸福感……ははっ、頑張った甲斐があったなあ)
母はまるで、心の中の僕まで包み込んでくれているみたいだ。かなが幸せに満たされると、僕もここに居て良いんだと自然と思えてしまうんだから、本当にすごい。
「わあ、お姉様、嬉しそう!その顔、外で見せたらダメだよ!絶望的に可愛すぎて、さらわれちゃう!」
「かなだってすっごく嬉しそう。絶対かなの方が可愛いよ」
「いや、お姉様は世界一可愛いんだから、油断しちゃダメ!」
「もう、かなはいつも言い過ぎなんだよ。私の事を可愛いって言う人なんて、かなくらいだよ」
「言い過ぎじゃない!だって、いつもかなはお姉様を見るたびに、可愛すぎて、ぴょーん!って、ひっくり返りそうになるんだから!お姉様はドチャクソ可愛いの!」
「やっぱりかなは言い過ぎだよ……」
下を向いて小さくゆりは呟く。横顔から見える頬は、少し赤らんでいた。
「そうね。二人とも私に似て世界一可愛いわ!流石私の子ね!でも、お母様も仲間に入れて?ほら、二人から見て、お母様は可愛い?」
「かわいい!」「性癖に刺さる!」
「……すぅぅ。かな?いつも言ってるでしょ。そのオジサマの奥様が使う、汚い言葉遣い。やめなさい」
母は名門私立大学の文学部教授だからか、言葉遣いに関しては結構きびしい。
「じゃあ、お母様はすごくエロい!」
「そうね。言葉遣いが直ったのはいいけど……女性に向かってそれは、褒め言葉じゃないのよ?かな?可愛いと言われたら、気持ちを込めて可愛いと答えればいいの。分かった?」
「はーい」
「じゃあ、もう一回。かな?お母様は可愛い?」
「絶望的にエロ可愛い!! ……あっ、気持ちを込めたら、失敗しちゃった」
「はあー。ほんと、素直なのはかなのいいところだけど……ちょっと素直すぎるわね」
「てへへ……」
お母様はこめかみを抑える。
そんなかなと母のやり取りを、ゆりは優しく見守っていた。
「皆様、夕食のご用意ができました」
「ありがとう、しゅり。じゃあ最後に今日のまとめをして、品格の授業を終えましょうか」
品格の授業は、基本的に夕食の時間まで。
「やっぱり、あなたたちはお互いが好きでいる限り、助け合って生きていくべきね。だって、お互いにエネルギーをもらっているんだもの。そんな関係って、なかなか得られるものじゃないのよ。さあ、これで今日の品格の授業は終了よ」
「「ありがとうございました」」
教えてもらうのが母だとは言え、挨拶はきちんとする。これも品格の授業で教わったものだ。
母の表情が少し緩み、纏う雰囲気が柔らかくなった。
この先生から母へ切り替わる瞬間が、かなは好きだ。理由は単純。なんか「大人だ!」って、強く感じて、かっこいいから。
そこから夕食が机に運ばれるまでの少しの間、家族としての会話を楽しむ。
「ふふ、ふと思ったのだけど、きっと、ゆりは私に似てしまったのね。苦手なことも平気な顔でやってしまうところも、悩みも考え方もなにもかも、若い頃の私とそっくり」
その言葉を受け、ゆりはもじもじと頬を赤らめた。
「お姉様だけずるい!ねえ、かなは?かなはお母様に似ていないの?」
少しだけ胸の中に寂しさが満ちて、かなはわがままを言うように母へ抱きついた。
「あなたはどちらかというと、お父様に似たのよ。大きな目をキラキラ輝かせるところも、表情が分かりやすいところも、この場にいるだけで賑やかになるところも、考えるより先に身体が動くところも、声が大きいところも、全部お父様そっくりよ」
母の瞳が、言葉が、とっても愛情に満ちていた。
そのせいだろうか。さっきまで胸に蔓延っていた寂しさは、一瞬でどこかへ飛んでいってしまった。
「……そう、そっか!だからゆりはお父様が大好きだし、私はお母様が大好きなんだ!」
母は目を丸くする。
「……なるほど。そう考えると……あら、なんだか少しだけ恥ずかしいわね」
「わー、お母様、顔真っ赤!かんわいい!」
「こら、からかわないの!」
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