12話 ことの顛末 後編
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「うにゅ……」
「「「かな!」」」
目覚めると、心配そうに僕を見つめる両親と、ゆりの姿が目に入った。
うはぁ……顔面偏差値高っけえ~。
突如、視界いっぱいに映った美男美女のキラキラの暴力に、僕は呑気にそんなことを考えていた。
遅れて、ここが母の私室のベッドの上だと気づく。
両手は母と父にがっしりと握られており、それを真似するように、ゆりも父の上から小さなお手々を置いている。
とくっ、とくっ。自分の鼓動が心地よく鳴っている。
ゆっくりと覚醒していく意識の中、かなの優れた聴覚が、扉の外でこんな音を捉えた。
バタバタ、バタバタ――
今この家には、何人もの大人が出入りしているみたいだ。
と、このあたりで、ようやく僕の意識は完全に覚醒した。
あの後どうなったのかな? あれからどれくらい経ったのかな? かなにトラウマはないか?
かなの心の奥底で、僕は疑問がつきない。
ただ、今は――
「にへへ~」
胸を満たすお日様のような温かみを、かなと共にただただ感じていたかった。
❀❀❀❀❀❀
意識を失ったあの後のこと。
父に捉えられ、専属ナニーは警察に捕まった。
あの時父が助けに来てくれたのは、ゆりのおかげでもあったらしい。
かくれんぼの最中、突然ゆりが父に自ら見つかりに行き、「かな!危ない!早く!」と、鬼気迫る様子で私室の方へ手を引いたのだそうだ。
ゆりの尋常ではない様子に、父は何かが起こっているとすぐに判断した。そのまま一直線にかなのいる母の私室へと向かったのだそうだ。
鍵が閉められた扉をぶち開け、見事な手腕で専属ナニーを抑え込み……かなは助かったってわけだ。
彼女はその時、不思議なほど抵抗しなかったらしい。警察に捕まりながらも、それはもう美しいお辞儀をして、連れて行かれたのだそうだ。
そこから先は大人の話ということで、詳細な話は説明されていない。
ただ、いろんなことが上手く回り、両親のすれ違いも解消。そして、今があることだけは確かだ。
その日、母からは、「ごめんね、気づいてあげられなくて……」と涙ながらに何度も何度も謝られた。
母のアイスブルーの瞳が潤んだ姿を見ると、僕の心がキュッと縮こまる。できることなら、母には泣いてほしくない。いつもみたいな愛情いっぱいの笑顔で、かなを見てほしい。
その気持ちはかなも同じようで、「ママ。よしよし」と、何度も何度も母の頭を撫でていた。
そんな優しいかなに、母はより申し訳なさが加速したようで……嗚咽をこらえながら、かなを一日中、ぎゅっと抱きしめていた。
こんな優しい母と娘の姿を見て、僕は思う。
僕の方こそ、本当に申し訳ない。僕がついていながら、いや、僕のせいで、かなを危険な目にあわせてしまった。
そう、こんな風に、僕はもっと反省すべきだ。
それなのに……
母に抱きしめられると、とにかく幸せで、心の奥の僕までへにゃっとなる。愛されている暖かさで、許された気になってしまう。
「「ママ。すき!」」
気づけば、かなと同じ言葉を発していた。
「ええ。ママもゆりとかなのことがとっても、とっっっても、世界で一番大好きよ」
とにかく、これで一件落着だ。
窓の外に見えるどんよりとした雲の隙間からは、綺麗なお日様が差していた。
これは、ちょっとした後日談。本来なら僕たちが寝静まっているであろう、その日の夜のことだ。
ふと目が覚めたかなが、ぴょこっとキッズベッドから起きて、少しだけ扉を開く。
すると、リビングからこんな会話を耳にした。
「警察上層部の知り合いに頼んで、徹底的に――」「白佐藤家の全てを使って、完膚なきまで――」
普段なら聞かないような、両親の冷たい声。決して大きな声ではないが、強い感情を孕んだ声色。
もしかしてだけど、母と父はかなり強引にこの件を進めるつもりなのかもしれない。
僕はそう思い、両親の怒りに共感していたが……何が起こったのかをはっきり理解していない、かなは違う。
かなは、なんだか聞いてはいけない話を聞いてしまった気分になり、ゆっくりと扉を閉める。
それから、幸せそうに寝ているゆりを起こさないように、そっとベッドへ戻ったのだった。
もう一度眠ろうとするかなの心の奥底で、僕はふとこんな事実に気づく。
(……あれ?そういえば僕、いつの間にか両親のことを当たり前のように、自分の母、自分の父だと思っている?)
なんだか、かなと僕の境目が曖昧になっているような……?
なんとなく、それはとても喜ばしいことのようにも感じる。むしろ、当たり前のことが当たり前の場所に収まったような、自然な成長過程のような感覚が強い。
人間が呼吸のやり方を教わらずともできるように、生きるために備わった当たり前の本能。僕とかなの境目が曖昧になることは、それに似ている。
でも、僕はこれを素直に喜べない。
きっとこの先、かなは幸せになる。愛情いっぱいの両親に大切にされ、可愛いお姉ちゃんにも恵まれ、立派な女性になるだろう。
その人生を僕が邪魔するのは、許されないことだ。
かなの心に、おじさんなんて“穢れ”は必要ない。だからこそ、今日で僕の出番は終わりだ。
本当はもっと妻の描いた世界を楽しみたい気持ちもある。でも、人に迷惑をかけてまで、そんな我儘を叶えようとは思わない。
そうだな……もっと心の奥の奥に引っ込んで、厳重に鍵を閉め、二度と僕という存在が表に出られないようにしよう。かなの心の中から消える方法は分からないが、一生出てこないという手段でなら、消えることはできるだろう。
それがいい。
その方が、きっとかなも幸せになれるはずだ。
(じゃあ、かな。今日でお別れだ。たとえ僕が消えようが、僕はいつまでも君の幸せを願っているよ)
僕が心に鍵をかけようとした、まさにその時。
――ダメ!!!
僕の心にまで侵食するような、大きく強いかなの声。そして、強烈な抵抗。
今まで心の中でだけは自由だった僕の身体が、ピタリと動かなくなった。
それから、かなの強い想い、必死さが、ありありと僕の身体と心を侵略してくる。
たとえ2歳半で、しっかりとした言葉を持っていなくとも、かなの言いたいことが一から十まで分かる。
『おじさんはかなのものなの!勝手しちゃダメ!』
かなは、こうやって僕を叱っているのだ。
どうやら、絶対に僕が消えることを許さないようだ。
(ははっ)
いつの間にか、僕は笑っていた。
かなに本気で怒られたのに、晴れやかな気分だった。
どうやら、僕の余生はもう少し続くみたいだ。
❀❀❀ 第一章 ❀❀❀
白佐藤かなが産まれ、オジサマが諸悪の根源をぶっ倒すまで
完
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