8.結婚、やめるか?
わたしは子どものころからおてんばだ、じゃじゃ馬だと言われていた。
もちろん自分でもそれは自覚していたし、領内で『領主さまのところのじゃじゃ馬娘』はそこら辺の男の手には負えないと言われていることだって知っていた。
でも、どう考えたって家の中より外のほうが楽しいんだから仕方がない。
両親もお兄さまもそんなわたしを優しく見守ってくれるものだから、尚更わたしのおてんばには拍車がかかった。
長く仕えてくれている侍女のルニーは「こんなことではお嫁にいけませんよ」といつも嘆いていたけれど、ジャンとの婚礼が決まったときにはほろりと涙をこぼして喜んでくれた。
ジャンは子どものころから出不精で、わたしが押しかけて強引に外に連れ出すというパターンが多かった。
ジャンのお父さまは騎士団に所属していらしたのだけれど、ジャンが小さいころに隣国との戦で命を落とされ、おばさま――ジャンのお母さまはジャンを連れて実家のあるこちらに戻ってこられた。
数年前におばさまは病で亡くなられたのだけれど、生前のおばさまはおてんばなわたしを嫌がることなく、いつも笑顔で迎えてくださった。
今でも、甘い焼き菓子の匂いと一緒に、おばさまの笑顔を思い出す。
優しいおばさま。わたしのお義母さま。
できることなら、婚礼用のドレスを着たわたしの姿を見ていただきたかった。
「サラ?」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。いつの間にか足が止まっていたらしい。
「ごめんなさい。もうすぐよ」
周囲を見渡して、遠くに見える山や、目印の木との距離から現在の位置を確認する。
「どうかしたのか?」
「ううん。なんでもないわ」
「結婚、やめるか?」
ジャンの突然の言葉に、わたしは目をむいた。
「なんでっ!? どうしてそんなこと訊くの!?」
「いや、サラが考え事するところってあまり見ないから」
「だからって、どうしてそれが結婚中止につながるのよ」
「やっぱり嫌になったのかと思って。サラは領主さまの娘だし、おれみたいなのと結婚しなくてももっといい奴がいるだろうし」
そんな台詞を平然と言うジャンがいったい何を考えているのかがわからなかった。
「ジャンは……ジャンはそれでいいの?」
「いいというか、仕方ないというか……」
「仕方ないって……」
何よそれ。
仕方ないって、そんなに簡単にやめられるものなの?
わたしが他の誰かと結婚してもいいの!?
問い詰めそうになって、なんとか思いとどまる。
目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。
――ジャンはそれでもいいんだ。
ジャンはどうしてもわたしと結婚したいなんて思ってない。
わたしが強引に迫って、渋るジャンになんとか了承させたようなものだし。
ジャンがわたしのことを何とも思っていなくても、ジャンの傍にいたいと思ったのはわたし。
それでもいいから結婚してほしいと思ったのはわたし。
ジャンがわたしのことを好きだと言ってくれなくても、わたしは平気。
最初からわかっていたことだもの。
この結婚は、わたしの意思にかかっている。
わたしがやっぱりやめると言ってしまったら、ジャンはさっきみたいに仕方がないと言ってあっさりとやめてしまうんだ。
だからわたしは、絶対にそんなこと言わない。
でも、わたしが毎日のように伝えている気持ちを信じてもらえていないのは寂しかった。
――他の誰も、ジャンの代わりになんてなれないのに。
「やめないわ。何度も言ってるけど、わたしはジャンが好きなの」
わたしは、揺るがない強い口調で告げた。
「そう?」
「そう」
強く断言する。
ふたりの間に沈黙が落ちる。
サラサラと風が葉を揺らす音が耳に届く。
鳥の鳴き声がどこからか聞こえる。
「だから、やめるなんて言わないで」
なんとか笑顔を作る。
声が少し震えてしまったことに気づかれなければいいけれど。
「……わかった」
ぼそりと呟くようなジャンの声からは、どんな感情も読み取れなかった。




