7.若い衆が増えた日 2
夜。 薄桜会の事務所。
看板は塗り直され、桜の印もくっきりと浮かび上がっている。 ボロい畳の上に、小さな卓と酒と盃が並べられていた。
黒スーツのガルドとピコの前に—— 三人が座っていた。
妖艶なエルフ女・オボロ。 狼の耳と尻尾を持つ獣人の男・ロウガ。 そして、ぷるぷるしたスライム・プルン。
「なんか……一気に濃いメンツになったっすね……」
ピコが呟く。
「うるさいでありんすよ、ちびゴブリン。」
オボロが扇子で口元を隠しながら、くすくす笑った。
「男の度胸試す夜に、野暮なこと言うもんじゃありんせん。」
「誰がちびゴブリンっすか!」
「事実でありんしょう?」
ロウガは腕を組み、黙って座っている。 その目は真剣そのものだ。
プルンは緊張でぷるぷる震えていた。
「お、お邪魔してますぅ……」
「お邪魔って言うならもう帰るか?今ならまだ間に合うぞ。」
「やです!!」
即答だった。
「帰ったら、また踏まれて終わるだけです!!
ボク、強くなりたいって言ったじゃないですか……!」
「……よし。」
俺は畳の中央に座り、盃を手に取った。
「薄桜会・三代目組長、神咲竜児。」
声が自然と低くなる。
「これからここで、“薄桜会の若い衆”を新しく三人、迎え入れる。」
ガルドとピコの背筋が伸びる。
「先に言うとくぞ。」
俺は三人をゆっくり見渡した。
「これはただの儀式ちゃう。
盃を交わしたら、お前らの命は俺のもんや。」
オボロの目が愉快そうに細められる。 ロウガの拳が、ぎゅっと握られた。 プルンは一度小さく縮んで、また膨らんだ。
「俺は、お前らを道具としては使わん。
仲間として扱う。
その代わり——筋を曲げた時は、容赦せぇへん。」
一拍置く。
「それでも、ここに座るか。」
「座るでありんすよ。」
オボロが最初に答えた。
「筋を通さん男の膝枕なんぞ、二度とごめんでありんす。
あっしは、あんたの背中に賭けてみるでありんす。」
「……俺もだ。」
ロウガが続いた。
「復讐のためだけに来たつもりだったが——
今は、それだけじゃねぇ。」
目が炎のように燃える。
「弟に恥ずかしくねぇ兄貴になるためにも、ここで強くなる。」
最後に、プルンが震えながら叫んだ。
「ボ、ボクもっす!!強くなりたいです!!
もう、誰にも踏まれたくないです!!
でも……オヤジ……じゃなくて、組長さんの言う通り、筋は曲げないように頑張ります!!」
「オヤジでええ。」
思わず笑った。
「組長より親父呼びの方が、性に合っとる。」
「……オヤジ。」
プルンの目の奥に、小さな火が灯った。
「よろしくお願いします。」
「よっしゃ。」
俺は酒を注ぎ、盃を満たした。
「順番に行くで。」
まず一口、俺が飲む。 喉が焼ける。
何度も繰り返してきた感触だ。
「オボロ。」
「は。」
オボロが盃を受け取る。 唇に触れた瞬間—— 薄い桜色の光が、彼女の体を包んだ。
「……っふ。」
酒を飲み干した彼女の目が、一瞬だけ鋭く光る。
周囲の空気が、わずかに重くなった。
「身体の芯が、熱うなってきたでありんすねぇ……」
オボロが色っぽく笑う。
「これが、竜児はんの“盃契約”ってやつでありんすか。」
「これからもっと馴染む。」
俺はうなずき、次の盃を満たした。
「ロウガ。」
「……あぁ。」
ロウガが盃を受け取る。 一気にあおる。
その瞬間——
空気がびり、と震えた。
ロウガの体の筋肉が、内側から膨れ上がるように引き締まる。 耳と尻尾の毛が逆立ち、目の色がわずかに黄金を帯びた。
「っ……!」
ロウガが息を呑む。
「なんだ、これ……!」
「力が、溢れてくるっすね……!」
ガルドが感心したように言う。
「オレと同じ匂いがするっす……!」
「ロウガ。」
「なんだ。」
俺は脇に立てかけていた一本の刀を取って、ロウガに差し出した。
黒い鞘に、桜の印が刻まれている。
「これは——?」
「先代が、最後まで手放さなかった刀や。」
俺は静かに言った。
「薄桜会の“牙”として振るわれてきたもんや。
それを、お前に預ける。」
ロウガの目が見開かれる。
「い、いいのか……?」
「似合うと思った。
拳で殴るより、その刀の方が、お前の“牙”に近い。」
ロウガは震える手で刀を受け取り、 そっと鞘から半分だけ抜いた。
月光のような刃が、畳の上に光を落とす。
「……しっくりくる。」
ロウガが、ぽつりと呟いた。
「拳より、ずっと静かで……でも、どこにでも届きそうだ。」
鞘に収め、静かに目を閉じる。
「俺は、これで斬る。筋を曲げる奴だけを。」
「ええ目ぇしとるやんけ。」
俺は笑った。
「最後や。」
盃をもう一度満たす。
「プルン。」
「は、はいぃぃ……!」
プルンが、恐る恐る盃を受け取る。 スライムの体からぴょこんと小さな腕みたいなものが生えて、 それで盃を掴んだ。
「こ、これ飲めばいいんですか……?」
「覚悟決めるならな。」
「……飲みます。」
プルンは、意を決して盃に体ごと飛び込んだ。
「お、おい!?」
ピコが慌てて立ち上がる。
酒とスライムが混ざり合い—— 次の瞬間、盃が眩く光った。
「っ……!」
眩しさに思わず目を細める。
酒と一緒に、スライムの体が膨張する。 ゼリー状の身体が、ぶよんぶよんと大きくなり…… 弾けた。
「うおっ!?」
光の粒が畳一面に広がり、 やがて、それが一箇所に集まっていく。
そこに立っていたのは——
黒いスーツを模したような粘体の服をまとい、 銀色の髪をオールバックにした…… 人型の“何か”だった。
「……ふぅ。」
そいつは胸元のネクタイを軽く整え、 手のひらを握ったり開いたりして感触を確かめる。
「こいつは……いい。」
声も、さっきまでの情けない高い声ではなく、少し低くて滑らかな声だ。
「フン。」
そいつは鼻で笑った。
「これが俺の真の器ってやつか。
今までの俺、マジでショボかったっすねぇ。」
ピコが口をぱくぱくさせる。
「だ、誰っすかお前!?」
「誰って……」
人型スライムは、面倒くさそうに目を細めた。
「俺は俺っすよ。元スライムのプルン様だよ。
これからは“プルード”とでも呼びな。」
「勝手に名前カッコよくしてるっす!!」
ガルドがツッコむ。
「急に態度でかくなったっすね!?」
「当然っしょ。」
プルード(元プルン)は肩をすくめる。
「衝撃はほとんど効かねぇ。体は勝手に再生する。
毒ぐらいなら思いつきで作れる。
顔も体も、ある程度なら好きに変えられる。
……これでビビって踏まれるだけとか、あり得ねぇっしょ。」
言いながら、自分の腕を剣の形に変え、すぐに戻して見せる。
「お、おおお……!」
ガルドが目を輝かせる。
「なんかすげぇっす!!」
「一気にウチの最強候補っすよこれ!!」
ピコが頭を抱える。
「才能の暴力っす!!」
プルードはふんぞり返り、 オボロをちらりと見てニヤリと笑う。
「なぁ、ねーちゃん。“あたしがかわいそう”って顔してた奴ら、今度から逆に土下座させてやればいいんじゃね?」
オボロは目を細め、多分本気でニヤリと笑った。
「気が合いそうでありんすねぇ、スライムの兄さん。」
「だろ?」
プルードは偉そうに頷き——
俺の方を向いた瞬間、すっと姿勢を正した。
「……オヤジ。」
「なんや。」
「さっきは、口悪くてすんませんっした。」
さっきまでの尊大な態度が嘘みたいに、 きっちり背筋を伸ばし、言葉遣いも整える。
「オヤジに拾ってもらったんだ。
オヤジだけには、ちゃんと筋通して礼を言います。」
「他の奴らには?」
「対等っす。舐められたくねぇし。」
ピコが「ムカつくけど嫌いになれねぇ……!」と頭を抱えた。
俺は笑った。
「ええやろ。」
「ええんすか!?」
「盃交わした時点で、お前はもう薄桜会の若い衆や。
好きに暴れろ。ただ——」
俺は指を一本、立てる。
「筋だけは、絶対に曲げるな。」
プルードの目が、ピクリと揺れた。
「……了解っす、オヤジ。」
深々と頭を下げる。
オボロも、ロウガも、それぞれのやり方で頭を垂れた。
「薄桜会——新入り三名。」
俺は立ち上がり、看板を振り返る。
「これで、ドラゴン金融相手に三日で一千万返す準備は、ちぃとばかし整ってきた、ってところやな。」
「組長。」
ガルドが拳を握る。
「で、明日はどう動くっすか。」
「決まっとる。」
俺は窓の外、薄暗いスラムの空を見た。
「朝から情報の最終確認。
夕方には“なんちゃってギルド”のアジトを包囲。」
胸元の桜を、指先で軽く弾く。
「夜になったら——薄桜会の“取り立て”や。」
ピコがごくりと唾を飲む。
「スラムの腐った“自由冒険者”共に——」
俺は笑った。
「筋ってもんを、教えてやる。」
◆
こうして。
借金一千万と追加三百万。 焼かれる未来と三日の期限を背負った弱小組・薄桜会は——
妖艶なエルフと、狼の獣人と、
最弱スライム改め最強格の怪物を新たに迎え入れ、
ギルドとドラゴン金融とスラム全体を巻き込む、
最初の“抗争”へと歩き出した。
次の夜——
なんちゃって冒険者ギルドの看板が、
スラムの闇に沈むことを、
あの場にいた誰もまだ知らない。




