5.冒険者ギルドへご挨拶 2
ベンチに腰をおろしていると十分も待たずして、ゼブルが戻ってきた。
「支部長は忙しい。
代わりに、俺が話を預かった。」
「構へん。現場仕切っとるのはお前やろ。」
「話が早くて助かる。」
ゼブルは腕を組んだ。
「条件を出す。」
「聞こうやないか。」
「三日だ。」
ゼブルの声がギルド中に響いた。
「ドラゴン金融との返済期限までの三日。
その間に、お前たち薄桜会が——
ギルドでも手を焼いているスラム案件を、ひとつ片付けてこい。」
空気がざわつく。
「スラム案件……?」
「またかよ、あの連中か……?」
冒険者たちのざわめきが耳に入る。
ゼブルは短く言った。
「最近、スラムの外れで“名ばかり冒険者”どもが徒党を組んで、ギルドの許可なく、
勝手に魔物狩りや護衛を請け負っている。」
ピコが「あっ」と顔をしかめる。
「自称冒険者っす……
ギルドに登録料払いたくねぇからって、
裏で勝手に依頼受けて、
失敗したら依頼主ごと逃げる連中っす……」
「そういう連中が増えると、ギルドの信用も落ちる。
スラム絡みの依頼は、“ギルドは対応してくれない”って噂になりかねん。」
ゼブルの声が低くなる。
「何度か取り締まりに入ったが、連中は逃げ足だけは早い。人目の多いところでは捕まっても、すぐに減刑がどうのこうのと騒ぎ、
“可哀想な貧民”扱いで同情票を集める。」
「……いるっす、そういう奴。」
ピコが露骨に嫌そうな顔をした。
「他人の善意だけ食うコジキみたいな連中っす。
筋も仁義もねぇのに、都合のいい時だけ『助けて』って泣きついてくるっす。」
「その連中の本拠地を潰せ。」
ゼブルははっきりと言った。
「ギルドの手が届きにくいスラムの奥で、
連中は“なんちゃって冒険者ギルド”を名乗っているらしい。
そこを見つけ、壊し、
依頼主たちの証言を取ってこい。」
「それができたら?」
「スラム裏通りにおけるギルドの幾つかの窓口を、
薄桜会経由に戻す。」
ギルド内が大きくざわめいた。
「マジかよ、そんなこと——」
「ギルドが裏社会と手を組むのか?」
「元から多少はやってんだろ、そういうの……」
ゼブルは続ける。
「裏通りの問題案件は、
ギルドの受付ではなく、薄桜会に直接回る。
お前たちはそこで“筋”を通して処理しろ。
ギルドには結果だけ持ってこい。」
「口入れ料は?」
「条件を達成したら、
裏通り案件の手数料の一部を、
薄桜会に正式に支払う形で契約する。」
ゼブルの片目が、鋭く光った。
「——それが、お前らにとっての“最初の結果”だ。」
俺は、ゆっくりと口角を上げた。
「ええやん。」
「軽いな。」
「簡単とは言ってへん。」
肩を竦める。
「けど、“ギルドが手ぇ焼いてて、
俺らにはやりやすい仕事”ってことやろ。」
「そう思うか?」
「そう思うで。」
俺は笑った。
「俺らがやるのは、元々から裏通りで蔓延ってる筋の通らんクソどもの始末や。
そいつらが勝手に“冒険者名乗ってる”だけやろ。
薄桜会のシマを汚してる連中と思えば、話は早い。」
ゼブルの口元にも、わずかな笑みが浮かんだ。
「……いい目をする。」
「褒め言葉として受け取っとくわ。」
「ただし。」
ゼブルの声が鋭くなる。
「勘違いするな。
これは“ギルドと薄桜会の提携”じゃない。
あくまで、お前たちを利用するだけの関係だ。」
「そっちの方が分かりやすくてええ。」
即答する。
「貸し借りがある方が、話は早い。
俺は、その三日間で“ギルドが薄桜会を利用して正解やった”って思わせたる。」
ゼブルは、満足げにうなずいた。
「ならいい。」
少しだけ間を置いてから、俺は顔を上げた。
「ゼブル。」
「何だ。」
「もう一つ、ここで筋通しときたいことがある。」
「まだ何かあるのか。」
「ある。」
俺はゆっくりとその場に立ち上がった。
ギルド中の視線が、俺に集まる。
胸元の桜を、人差し指で軽く弾く。
「——ここを見てる奴ら、全員に向けての話や。」
ゼブルが目を細め、黙って見ている。
受付嬢も、他の冒険者も、
さっき路上で吹き飛ばされたDランクどもでさえ、息を飲んで見ていた。
「薄桜会は——」
俺は一度、言葉を切った。
「組員を募集する。」
ざわり、と空気が揺れる。
「種族は問わん。
人間でも、オークでも、ゴブリンでも、獣人でも、エルフでも、なんでもええ。」
俺は一人一人を見回すように視線を巡らせる。
「ただし条件はひとつだけや。」
胸の奥から、言葉を絞り出す。
「筋を曲げへん奴だけ来い。」
誰かが小さく息を呑む音がした。
「強い弱いは後からでええ。
魔法が使えるかどうかもどうでもええ。
金が欲しいだけの奴、
楽して稼ぎたいだけの奴、
踏まれたままでいいって奴、
そういうのはいらん。」
一拍置く。
「この街で、ギルドにも王都にも竜人族にも、
全部に舐められて、それでもまだ、
“ふざけんな、って一発噛みついてやりてぇ”って奴だけ——」
俺はにやりと笑う。
「薄桜会の敷居、またいでこい。
盃は、本気の奴にしか渡さへん。」
しん、と静まり返ったギルドに、
俺の声だけが響いた。
ゼブルが、ふっと鼻で笑う。
「スラムの弱小組が、ずいぶんとでかい口を叩く。」
「口が小さい極道なんか、信用ならんやろ。」
即答する。
ゼブルの片目が楽しそうに細められた。
「……いいだろう。
今日のところは、それで筋は通ったと認めてやる。」
踵を返しながら、ゼブルが言った。
「三日後までに、
“なんちゃって冒険者ギルド”を潰して来い。
生きて戻ってきたら——
その時は、正式に“薄桜会”と向き合ってやる。」
「上等や。」
俺は短く返事をする。
◆
ギルドを出ると、
さっきより少しだけ、
大通りの空気が軽く感じた。
「組長……」
ガルドが、眩しそうに俺を見る。
「マジで、組員募集しちまったっすね……
あれ、ほんとに来ると思うっすか?」
「さぁな。」
俺は肩をすくめる。
「でも、この街に“筋曲げたくない”って奴が一人もおらんのやったら、
そんな街、いずれ勝手に腐って沈む。」
「……へへ。」
ピコが、少しだけ誇らしそうに笑った。
「でも、多分っすけど。さっきの見て、
“あの黒スーツの組、ちょっと面白そう”って思ってる奴、何人かはいると思うっす。」
「そいつらは、来た時に選べばええ。
盃は、軽い気持ちで交わすもんやない。」
俺は、ギルドの石段を降りながら空を見上げた。
曇り空。
遠く、王都の城壁の向こうに、
ドラゴン金融の塔が小さく見える。
「三日。」
呟く。
「一千万プラス三百万の借金。
ドラゴン金融との約束。
ギルドとの条件。」
ガルドとピコが、隣で息を合わせて歩く。
「一発目の仕事としては、上等や。」
口元が自然と吊り上がった。
「スラムの“なんちゃって冒険者ギルド”潰し。
——薄桜会の復活宣言には、ちょうどいい。」
胸元の桜を、指先で軽く弾く。
「魔法の才能なんざ、最初から期待されてへん。
でもええ。」
風が、スラムの方から吹いてくる。
湿った、けれどどこか懐かしい匂い。
「この世界でモノ言わせるんは、
利子と返済期日と、交わした盃の数や。」
俺は笑う。
「さぁ行くぞ、ガルド、ピコ。
薄桜会の初仕事や。」
こうして——
借金一千万と追加三百万、
焼かれる未来と三日の期限を背負った弱小組は、
ギルドに啖呵を切り、
スラムに宣言を叩きつけ、
新しいシマと、新しい仲間を求めて
最初の獲物を狩りに行くのだった。




