表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

4.冒険者ギルドへご挨拶 1

スラムの裏通りを抜けて、大通りに出た瞬間——

世界の色が変わった気がした。


石畳は磨かれて、店の看板はやたらと派手で眩しい。

行き交う客も、武器や防具を背負った冒険者も、

どいつもこいつも「自分の人生は順調です」みたいな顔をして歩いている。


「……空気、違いますね。」


ピコがぽつりと漏らす。

黒いビジネススーツに小さな桜刺繍。

昨日まで薄汚いボロ布みたいな服着てたゴブリンが、

今はちゃんと「どこかの組の人間」に見えるから不思議なもんだ。


「まぁ、金の匂いがする場所はだいたいこんなもんや。」


俺はネクタイを軽く直しながら、大通りの先を見据えた。

正面に見えるのは、王都の冒険者ギルド本部。

石造りの立派な建物に、でかでかと掲げられた紋章。


——ここが、スラムのシマを食った連中の巣か。


「組長、ちょっとランクの話、言っといた方がいいっすか?」


ピコがこそこそと耳元に寄ってくる。


「ランク?」


「あ、竜児組長、記憶が曖昧と言ってたので。この世界の冒険者にはランクがあるっす。

下から順に、F・E・D・C・B・A・S。」


指を折りながら説明していく。


「Fは見習い。魔物退治っていうより、

お使いや掃除とか、ほぼ雑用っす。

Eは下級冒険者。スライム退治とか、そこらの盗賊退治とかを回されるクラス。」


「Dになって、ようやく“冒険者っぽい”扱いっすね。

小さなパーティ組んで山賊のアジト潰したり、ちょっと危険な魔物狩り行ったり。

でも、まだ街の連中からすりゃ“ちょっと腕の立つ兄ちゃん姉ちゃん”程度っす。」


ガルドが「へぇ〜」と感心したようにうなずいている。


「Cは一人前。ギルドのメイン戦力っす。

街ひとつ守る戦いでも普通に前線で使われるっす。

Bは精鋭。小さな国の軍隊より強い、って言われるパーティもいるっす。

Aは英雄級。

Sは……まぁ、国が頭を下げてお願いするレベルっすね。」


「ほう。」


分かりやすい。

要するに——F・E・Dあたりは、裏ではチンピラ扱いってことだ。


「で、さっきからチラチラ見てきてるあいつらは?」


視線の先でくすくす笑ってる三人組に顎をしゃくる。

革鎧、安物の剣、汚れたマント。

一番前の男は筋肉はそれなり、顔はイキり散らした安物のチンピラだ。

ピコが小声で答える。


「あれ、バッジの色からしてDランクっすね。

そこそこ戦えるけど、調子乗りやすい中途半端な層っす。」


まさに“今シバくのにちょうどいい”ランクだ。


「おい見ろよ。」


チンピラがニヤつきながらこっちを指差した。


「スラム裏通りの薄桜会じゃねぇか?まだあったんだあの組。

てっきりドラゴン金融にまとめて焼かれたかと。」


「真っ黒スーツなんて着てよ。

なに?“再起しました”アピール?

ギルドにシマ取られた雑魚が?」


後ろの二人もケタケタ笑う。

ガルドの眉がぴくりと動いた。

ピコは肩をすくめて、小声で俺に囁く。


「組長……このまま無視して行った方が、波風立たないっすけど……」


「無視してええ相手と、無視したらアカン相手がおる。」


俺は足を止めた。

スラムの路地裏であの看板の前に立った時と、

ドラゴン金融の門番の前に立った時と、

同じように。


「今、こいつらに舐められたままギルド行ったらな。」


肩越しに振り返る。


「“薄桜会はまだ踏める”って、この通り全体に宣伝して回るのと一緒や。」


ピコが息を飲む。

ガルドの拳に、力がこもるのが分かった。

俺はチンピラ三人に向き直り、笑って言った。


「墓参りちゃうで。」


「……あ?」


「これから表の元締めに“挨拶”しに行くんや。

せやからまず、邪魔なクソどもは片付けていかなアカン。」


「おい。」


先頭の男が顔を歪めて一歩にじり寄る。


「誰に向かってクソって言った?」


「お前ら三人全員や。」


俺はあっさり答えた。


「Dランク、だったか?

中途半端にランク付けられて、

“俺らちょっと強いっす”みたいな顔して調子乗るガキ共。」


周囲の空気がピリつく。

通りの人間が足を止め、俺たちを見る。

いい。

見物人は多い方がええ。


「……ガルド。」


名を呼ぶ。

オークの若頭が一歩前に出る。


「はいっす、組長。」


「一人、沈めろ。分かりやすく、立てなくなるくらいにな。」


「了解っす。」


ガルドは深呼吸ひとつして、ゆっくり構えた。

盃契約で底上げされた筋肉が、スーツの下で軋む。


「おい豚。やんのか?Dランク舐めんなよ。」


チンピラが舐めきった笑みで拳を構える。

その瞬間——


ドゴッ。


鈍い音がした。

ガルドの拳が、男の胸板にめり込んでいた。

誰も、ガルドが踏み込む瞬間を見ていない。

ただ、次の瞬間には男の体が浮いて、

三メートルほど後ろに吹っ飛んで、

露店のクレープ屋の屋台に突っ込んでいた。


「ぎゃああああっ!!?」


テントが破れ、生クリームが宙を舞う。

客の悲鳴と、店主の怒鳴り声と、一瞬遅れて湧き上がるどよめき。


「な、なっ……」


「今の、見えたか?」


「オーク……だよな?ただのオークが、Dランク冒険者をワンパン……?」


ガルドは拳を見つめ、息を荒くしながら呟いた。


「……すげぇ……オレ、本当に強くなってるっす。組長。」


「盃を交わした時からや。」


俺は頷く。


「お前は“薄桜会の若頭”や。オークかどうかなんて関係あらへん。

筋通してここに立っとる、それだけで十分や。」


残りの二人が青ざめながら剣に手を伸ばしかけたその時


ピコが一歩前に出た。


「その剣、抜いたらシマ荒らしとしてまとめてシメるっすよ。」


ピコの声は震えてる。

それでも、逃げずに前に出てる。


「この通りは、もともと薄桜会のシマっす。

今日からまた、そうなるっす。」


「ゴブリン風情が……!」


男が叫びかけた瞬間、

俺は一歩踏み出し、男の懐に入っていた。


ゴキッ。


靴先が、男の膝を真横から蹴り抜く。

乾いた音と共に、男の脚があり得ない方向に曲がった。


「ぎゃああああああああっ!!?」


悲鳴が大通りに響く。

ピコですら「うわっ」と小さく声を上げた。

俺は膝を押さえて転げ回る男の襟首を掴み、

そのまま顔を寄せる。


「ええか、ガキ。」


低い声で囁く。


「ケジメってのはな、口で舐めた瞬間に払うもんや。

命までは取らへん。

けど、二度と同じ調子で歩けへんくらいは——覚悟しとけ。」


男の顔から血の気が引いていく。

半泣きでガクガクと頷くだけだ。

俺は襟首を放り捨て、

周囲をぐるりと見渡した。


「スラム裏通りで、薄桜会を踏みにじった連中に伝えろ。」


ゆっくりと、はっきりと。


「薄桜会はまだ死んどらん。

今日から三日で、全部取り返しに動く。

——見とけ。」


誰も、何も言い返さなかった。

中には目をそらす者もいたし、

逆に興味津々って顔でニヤつく奴もいた。

上等だ。

肝が据わってる連中の耳には、この言葉が残る。


「行くぞ。」


俺は踵を返し、ギルドの大扉へ向かった。

ガルドとピコも、胸を張って後に続く。



冒険者ギルド本部の中は、外よりさらに騒がしかった。


受付カウンターに長蛇の列。

奥の掲示板には、色分けされた依頼票がびっしり貼られている。

赤い札は危険度高め、青は一般依頼、黒は……裏稼業に片足突っ込んでそうなやつだ。


「うわぁ……いつ来ても人多いっすね……」


ピコが小声でぼやく。


「ここで暴れたら、一瞬で袋叩きじゃないっすか?」


「だから暴れには来とらん。」


俺はカウンターの方へ歩きながら言う。


「取り立てに来ただけや。」


「いや、それが一番危ないっすよ組長……」


ガルドが額の汗を拭いながらついてくる。

列を待つとか、そういう発想はない。

俺は空いている窓口にズカズカ歩いて行き、そのままカウンターの前に立った。


「すみません、並んで——」


受付の女が何か言いかけて、顔を固まらせる。

黒スーツ三人組。胸元の桜刺繍。

スラムの噂くらいは耳に入ってるらしい。


「薄桜会、ね……」


細い目をした受付嬢が、露骨に眉をひそめた。


「依頼ですか?それとも、ギルドへの正式な破産申請ですか?」


「破産申請ってなんやねん。」


「ドラゴン金融からの借金の件、ギルドにも情報が回ってますので。

三日後には“模範的な取り立て”って聞いてますけど?」


周りの冒険者がクスクス笑う。


「おい見ろよ、ドラゴン金融に焼かれる予定の組やぞ。」


「ギルドに駆け込んでも無駄だってのに。」


受付嬢は書類をぱらぱらめくりながら、

あからさまに「忙しいのよ」と言いたげな顔をした。


「で、何の用件です?

破産処理なら、もう少し静かな窓口を案内しますけど。」


「支部長はおるか?」


俺は淡々と聞いた。


「……は?」


「支部長や。このギルドを仕切っとる奴。

そいつと話したい。今すぐや。」


受付嬢の表情から、露骨に苛立ちが滲む。


「あなたたち、立場分かってます?

ここは王都の冒険者ギルド本部で、

スラムのチンピラが好き勝手暴れる場所じゃないんですよ。」


「そらそうやろ。」


俺は軽く笑った。


「暴れるために来たんやない。

“筋通しに来た”んや。」


「その筋とやらを通す価値が、あなたたちにあるとは思えませんけど。」


周囲の冒険者からも、くすくす笑いが漏れる。

さっき外で沈めたDランクどもも、中には知り合いがいるようだ。


——ちょうどいい。


ここで一発、見せつける。


「ピコ。」


「へ、へいっす。」


「ランクの話、さっきの続きや。」


俺はわざと声を少し張って言う。


「この世界にはFからSまでランクがある。

Dは中途半端なチンピラ。

Cは一人前。

Bは精鋭。

Aは英雄。

Sは化け物。――そうやったな?」


ピコはキョドりながらも、コクリとうなずいた。


「せやけどな。」


俺はカウンターに肘をつき、受付嬢の顔を覗き込む。


「ランクがどうあれ、“筋通ってへん奴”は、

裏の世界じゃ皆まとめてクズや。」


受付嬢の目が鋭くなる。


「……何が言いたいんです?」


「スラム裏通りは、もともと薄桜会のシマやった。

それをギルドが、“善意の顔”しながらシマごと奪った。

冒険者を使って、薄桜会の仕事全部刈り取って、

“治安維持”って名目で好き勝手やった。」


ざわ……と空気が揺れる。


「ギルドがそこそこ綺麗に回ってるんはええことや。

せやけど——

“元々そこを食ってた連中の筋”を一本も考えずに踏み潰したのは、

裏の世界じゃ完全にアウトや。」


受付嬢が口を開きかけたところで、

背後から低い声が飛んできた。


「——少し静かにしてもらおうか。」



振り返ると、そこにいたのは

さっきまでのDランクチンピラとは“質”の違う男だった。


分厚い胸板に、磨き込まれたプレートアーマー。

腰には大剣。

胸元には、銀色のギルドバッジ。

そこに刻まれているのは——B。


「このギルドの警備隊長、ゼブル・アイアンホーン……」


ピコが小声で説明する。


「Bランクの現役冒険者で、ギルド直属の治安担当っす。

……マジでヤバいっす、組長。」


男は牛のような角を持つ亜人族だった。

額から伸びた二本の角は、年輪みたいな傷で削れ、

片目には古傷が走っている。


「スラムの薄桜会、か。」


ゼブルと呼ばれた男が、

こちらをじっと見下ろす。


「外でDランクを一人吹き飛ばしたらしいな。

今度はギルドの中で騒ぎを起こすつもりか?」


「騒ぎを起こしに来たわけやない。」


俺は肩をすくめた。


「筋を通しに来た。支部長に会わせてほしいだけや。」


「支部長は忙しい。」


ゼブルは即答する。


「今は王都防衛の件で会議中だ。

スラムの一弱小組の我儘に付き合わせるほど、

あいつは暇ではない。」


「ほう。」


俺はゼブルを見上げる。

Bランク。

さっきのDランクとは段違いの圧。

こいつが本気出したら、ガルドもピコも一瞬で床に沈むだろう。

……それでも、引く気はない。


「じゃあ、お前が聞け。」


「何?」


「スラム裏通りの利権を、薄桜会に正式に戻せ。」


一瞬で、空気が凍りついた。

受付嬢も、周りの冒険者も、

「何言ってんだこいつ」って顔で固まる。


ゼブルが、ゆっくりと目を細めた。


「正気か?」


「もちろんや。」


俺は軽く笑う。


「全部返せとは言わん。

今のギルドのシステムごとひっくり返す気もない。

せやけど——

“裏通りで動く金の中から、薄桜会に流れる分”は、

筋として戻してもらうで。」


ゼブルが、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。

踏みしめるたびに、石床がわずかに軋む気がする。


「……たとえば?」


「裏通り発の依頼で、ギルドが取る手数料。

その一部を、口入れ料として薄桜会に落とす。

裏通りの店から上がる“見逃し料”も、

ギルド単独じゃなく、薄桜会と折半。」


「つまり、お前らは——」


ゼブルの声が低くなる。


「ギルドの“治安の仲介屋”として復活したい、と。」


「そう言ってもええ。」


俺は堂々と頷いた。


「スラムのチンピラ、全部ギルドが面倒見きれへんやろ。

“表”の顔で動くには、汚れすぎる仕事もある。

そういう時の逃げ場として、“裏の看板”が必要になることもある。」


「…………」


ゼブルはしばらく黙って俺を見ていた。

周囲は完全に静まり返っている。

やがて、ゼブルは小さく息を吐いた。


「……理屈は分かる。」


「ほう。」


「スラムの連中が、

ギルドにとって扱いづらい存在であることも知っている。裏取引、非合法の賭場、薬物。

本来なら全部潰すべきだが、

そんなことをすれば、街の地下で何が起きるか分からん。」


ゼブルの片目が、鋭く光る。


「そこで“筋を知る裏の看板”を間に挟む、というのは、合理的な発想だ。……だが。」


「だが?」


「お前らが、その看板にふさわしいかどうかは、

まだ何一つ証明されていない。」


ゼブルが顎で周囲を指す。


「今のお前たちは、ドラゴン金融に焼かれる予定の弱小組。

オークとゴブリンが少し強くなったところで、

このギルドの戦力を敵に回したら一瞬で消し炭だ。」


ピコの喉が、ゴクリと鳴る。

ガルドも拳を握りしめている。

ゼブルは続けた。


「スラムの裏通りの利権は、

数年前、薄桜会の先代とギルドとの間で結ばれた契約に基づいて、正式に解除されている。

先代が死んだ後、ギルドに筋を通しに来た者は一人もいない。」


「……あぁ、そらそうやろな。」


思わず笑いがこぼれた。


「みんな、怖かったんや。

ギルドを敵に回すのも、竜人族を敵に回すのも。

スラムの連中は、もう一回焼かれるくらいならって、

黙って侵略される方を選んだ。」


「では、お前は違うと?」


「当たり前やろ。」


俺は胸元の桜を指で弾いた。


「薄桜会・三代目組長、神咲竜児。

俺は——借りたもんは全部返す。

奪われたもんも、全部取り立てる。」


ゼブルの片目が、わずかに見開かれた。

すぐに、口元に薄い笑みが浮かぶ。


「……気に入らんな。」


「そらどうも。」


「だが、嫌いじゃない。」


ゼブルはくるりと背を向け、奥の扉の方へ歩き始める。


「支部長に話を通してこよう。」


受付嬢が驚いた顔をする。


「ぜ、ゼブルさん!?そんなスラムのチンピラに、そのような——」


「黙れ。」


ゼブルの一喝が飛ぶ。


「ギルドが“筋の通らない組織”になったら、

俺は真っ先にここを叩き割って出ていく。」


受付嬢は青ざめて口をつぐむ。

周囲の冒険者も息を潜めた。

ゼブルは振り返りもせず、言葉を投げた。


「十分だけ待て。

その間に、ここで暴れたら即座に叩き出す。

——極道の男なら、座って待てるか?」


「上等や。」


俺は近くのベンチに腰を下ろした。

ガルドとピコも、その両側に腰を下ろす。


「……組長。」


「何や、ピコ。」


「マジで、引かないんすね。」


「引くくらいやったら、最初からギルドなんか来てへん。」


俺は足を組み、周囲を見渡した。

冒険者たちの視線が刺さる。

好奇、軽蔑、恐怖、興味。

いろんな色が混ざっている。


——けど、さっきまであった「完全な侮り」は、

少しだけ薄れた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ