3.ドラゴン金融へご挨拶 2
「……薄桜会、ね。」
ラズは、軽く顎を撫でながら俺たちを眺めた。
「先代は、そこそこ面白い男だった。
借りた金はちゃんと増やした。
だが、ギルドとも聖堂とも喧嘩を買いすぎた。
――死んで、残ったのは一千万の借金と、お前ら二匹か。」
視線が、ガルドとピコへ向く。
二人は完全に固まっていた。
「で、新しい組長が――お前ってわけか。」
その目は、値踏みする獣の目だ。
怖いとかそういう次元じゃない。
こいつは、俺らを“貸す価値がある資産”かどうかを見ている。
「そういうこっちゃ。」
俺は、ラズから視線を逸らさずに言った。
「薄桜会、三代目組長、神咲竜児。
借金一千万、返す気はある。逃げる気もない。
だが――このままやと返せる形にならん。」
「……だから、三百万貸せと?」
「ああ。」
ラズが、ふっと笑った。
「普通は、逆だと思わんか?
一千万返せないから、せめて分割やら猶予やら嘆願しにくる。
ここに来る奴は皆、そうやって命乞いする。
――お前は真逆だな。」
「そっちの方がおもろいやろ。」
肩を竦める。
「今の薄桜会は、シマも看板もボロボロや。
組員はオークとゴブリンの二人。
服もボロ、事務所もボロ。
そんな所に誰が仕事頼みに来るねん。」
テーブルの上に、薄桜会の現状をそのまま叩きつける。
「このままじゃ、“失敗した貸付先”として記録に残るだけや。
けど――まだ生きとる。
盃交わして、もう一回立ち上がる気は、ちゃんと残っとる。」
ラズの視線が、わずかに細くなった。
「三百万。服と事務所と看板にぶち込む。
格を整える。
スラムの連中に、“薄桜会はまだ死んでへん”って匂いを思い出させる。」
ぐい、と身を乗り出す。
「その上で――ギルドでも裏商会でも、どこでもいい。シマをひとつ、奪い返す。
最初のひと山を越えて、金の流れを作る。
せやなきゃ一千万なんざ返せへん。」
沈黙が落ちた。
ガルドとピコは固唾をのんで見守っている。
ラズは、しばらく俺をじっと見ていたが、
やがて「ふっ」と鼻で笑った。
「口が減らねぇ。」
「極道の商売道具や。」
「だろうな。」
ラズは、ゆっくりと立ち上がった。
ソファがぎしりと軋む。
その瞬間、部屋の空気が一変した。
熱が、じわりと肌を焼くように満ちていく。
金色の瞳が、縦に細くなる。
背中に見えない“何か”が膨らんだような迫力。
――こいつが本気出したら、この部屋ごと一瞬で焼き尽くされるだろう。
「いいか、薄桜会。」
ラズの声は低く、唸るようだった。
「俺たち竜人族は、“貸しと借り”で世界を見る。
貸した金を増やして返す奴は、たとえゴブリンでも“価値ある相手”。
貸した金を踏み倒す奴は、たとえ王族でも“燃やす価値もないゴミ”だ。」
「……分かりやすくて助かるわ。」
「お前は今、ここに来て――
自分の命ごと、三百万の価値があるかどうかを賭けに来た。」
ラズの口角が、ゆっくりと吊り上がる。
「気に入った。一千万の上に、三百万乗せてやる。」
ガルドとピコが「えっ」と声を上げた。
「ただし条件だ。」
ラズは、右手の爪をテーブルに立てた。
硬い木が、紙みたいに抉れる。
「三日以内に、“結果”を一つ見せろ。
シマでもいい、仕事でもいい、金でもいい。
――“薄桜会はまだ生きていて、金を増やす力がある”と示せ。」
金色の目が、俺を射抜く。
「それができたら、一千万の返済期限を一度だけ伸ばしてやる。
できなければ――予定通り、お前らごと焼く。」
部屋の中の空気が、熱で揺らいだ。
ピコの足がガクガク震えているのが、足音で分かる。
ガルドも唾を飲み込んで、汗をだらだらと流していた。
――だが。
「分かった。」
俺は、あっさりとうなずいた。
「三日じゃなきゃ意味がない。
短ぇ方が――燃え方も派手や。」
ラズの口元が、ニヤリと吊り上がった。
「いい目をする。……竜児、だったな。」
「ああ。神咲竜児や。」
「その目が濁らないうちに――デカい博打を打って来い。焼かれるか、這い上がるか。楽しみに見ていてやる。」
それは、竜人族からの“宣告”であり、
――同時に、“貸し”でもあった。
◆
ラズの事務員に連れられて、三百万ゴルド分の金票を受け取る。
手にした瞬間、重みが変わる気がした。
一千万の借金。
そこに三百万を自分から積み増して、合計一千三百万。
普通なら、笑える額じゃない。
「組長……マジで、背負っちゃったっすね……」
ピコが震えた声で言う。
「当たり前や。」
俺は金票を懐にねじ込み、外に出た。
「背負わへんで逃げるくらいなら、最初から盃なんざいらん。
筋通して背負った借金は、成り上がりの燃料や。」
「……カッケェっす。」
「マジで頭おかしいっすけど、カッケェっす……!」
ガルドとピコが、目を潤ませながらうなずいている。
ほんと、こういうバカは嫌いになれねぇ。
「まずは――格や。」
俺はスラムの商店街の方へ足を向けた。
「格、っすか?」
「極道は見た目が八割や。
堂々としてなきゃ、“薄桜会の組長”として話にならん。」
◆
この世界に来た時に流れ込んできた記憶の中の情報を元に俺はスラムの奥へと進む。
記憶通りだとこの辺に一軒だけまともな仕立て屋がある。
やがてしばらく歩くと記憶通りの仕立て屋が目に映った。
ドアベルを鳴らして入ると、痩せぎすの店主がこちらを見て一瞬目を丸くし、
すぐに商売人の笑みを浮かべた。
「薄桜会さんじゃないですか。……現金払いなら、大歓迎ですよ。」
「安心せぇ。ツケはもうしばらく増やさん。
今回は――先に払う。」
三百万のうち、ごく一部を取り出して見せる。
店主の目が一気に輝いた。
採寸。布選び。
あれよあれよという間に、仮縫いのスーツが俺の体に合わせられていく。
黒。
余計な飾りは付けない。
肩で着るタイプの、シンプルな黒スーツ。
胸元に、小さく桜の刺繍を入れてもらう。
薄桜会の印。
失われかけていた、その“印”を、俺の胸でもう一度灯す。
「……どうっすか、組長。」
鏡に映った自分を見て、俺はふっと笑った。
まだ、完璧な極道には程遠い。
だけど――少なくとも、
“潰れかけの弱小組”って顔からは脱した。
「悪くねぇ。」
ガルドにもスーツを仕立ててもらう。
こいつは身体がデカいので、黒のスーツだけでだいぶ迫力が出る。
胸元には同じように、桜の刺繍。
ピコには、きっちりとした黒のビジネススーツを選ばせた。
サイズはピッタリ。ネクタイもちゃんと結ばせる。
胸元に、小さな桜。
「なんか……いつもより、五倍くらい“ちゃんとしたゴブリン”に見えるっす!」
「それでええ。」
俺は三人で鏡に映る姿を見て、心の中で満足げにうなずいた。
「薄桜会の組長と組員は、どこに出ても恥ずかしくない格好しとかなあかん。
服が先。中身は、後から付いてくる。」
◆
事務所へ戻ると、ボロだった看板の修繕に取りかかった。
ひび割れを埋め、汚れを削り落とし、新しい墨で名前を書き直す。
薄桜会。
桜のマークを描くときだけは、自然と手が丁寧になった。
「……組長。」
ピコが、ぽつりと呟く。
「なんか、本当に“組”って感じになってきたっすね。」
「元から組や。」
筆を置き、墨を洗い流す。
「ただ、一回死にかけただけや。今からもう一回、生き直すだけや。」
ガルドが拳を握った。
「で、その“もう一回生き直す”ための、最初の仕事が――」
俺は、窓の外を見た。
スラムの向こう、大通りへ続く道の先には、
立派な石造りの建物がそびえている。
看板には、こう書かれているはずだ。
――冒険者ギルド。
「行き先は決まっとる。」
口角が自然と吊り上がる。
「三日以内に結果出せ、っちゅう話や。
だったら最初の一発目は、派手な方がええ。」
「し、シマを奪い返すっすか……?」
ピコがごくりと唾を飲む。
「そうや。」
俺は薄桜会の看板を軽く叩いた。
「このスラムの裏通りは、薄桜会のシマやった。
勝手にギルドが奪っていったんなら、きっちり取り立てしに行かなあかん。」
「組長……!」
ガルドとピコの目が、再び燃え始める。
「ドラゴン金融にも挨拶した。格も整えた。看板も直した。
――後は、ケジメつけに行くだけや。」
胸元の桜刺繍を、指先で軽く弾く。
「魔法の才能なんか、一ミリも期待されてへん。
ならええわ。この世界でモノ言わせるのは――金と覚悟と、交わした盃の重さや。」
窓の隙間から、風が吹き込んだ。
薄汚れた暖簾が揺れる。その揺れが、今まで眠っていたこの街の空気ごと、ゆっくりと起き上がらせていくように見えた。
三日で一発、デカい結果を出す。
その約束を胸に、俺は静かに笑う。
「次の相手は、冒険者ギルドや。
――行くぞ。薄桜会の“取り立て”の時間や。」
こうして、借金一千万と追加三百万を背負った死にかけの弱小組は、
黒いスーツと桜の刺繍を纏って、ようやくスタートラインに立った。
三日で証明する。薄桜会はまだ死んでへんと。




