2.ドラゴン金融へご挨拶 1
王都の大通りじゃ、もう冒険者だの商人だのが走り回ってる時間らしいが、ここ外れの裏通りは違う。
昨夜の酒とゲロと、ちょっとだけ血の臭いが残ったまま、湿った風が通り抜けていく。
「……で、この世界の話、もうちょいちゃんと聞かせろや。長い事寝とったせいで記憶が曖昧でな」
ボロい事務所の前で伸びをひとつしたあと、俺はガルドとピコを見た。
昨日は盃交わして騒いで、そのままぶっ倒れて寝た。この世界についてちゃんと聞いてねぇ。
ピコがビクッと身体を震わせ、慌てて口を開く。
「え、えっと……まずここはエルト王国っす。
人間が中心で、王様と貴族が偉そうにしてる、よくある王国っすね。」
よくある王国、って言い方も大概だが、だいたい想像はつく。
ピコは指を一本ずつ折りながら続けた。
「で、モンスター退治とか、ダンジョン攻略だとかは、冒険者ギルドが仕切ってるっす。
表向きは“困ってる人を助ける頼れるギルド”って顔してるっすけど、
裏じゃシマの取り合いとか、情報を握って値段釣り上げたりとか、やりたい放題っす。」
ガルドが「そうそう」と大きくうなずく。
「他にも“魔族の国”があるっす。
魔王が統べてるとかなんとかで、人間とたまに戦争するっす。
でも実際は、魔族の中にも商売人とか、裏家業専門の傭兵団とかいっぱいいるっす。
戦争の裏で、金と物資がごっそり動いてるっす。」
魔族も裏稼業も、結局やってることは似たようなもんだ。
女神のねぇちゃんの言ってた話と、だいたい筋が合ってる。
「聖堂騎士団もいるっす。」
ピコが声を潜めた。
「“光の神の正義の騎士”とか言ってるっすけど……
裏じゃ“気に入らない奴を異端扱いして潰す組織”って言われてるっす。
裏商会とか、ちょっとでも変な噂あると“神の名のもとに”とか言ってシマ潰しに来るっす。」
……正義を名乗る奴ほどタチが悪いのは、どこの世界でも共通らしい。
ガルドがそこで、そっと空を見上げた。
いつもより少しだけ真面目な顔をしている。
「で、いっちゃんヤベぇのが――竜人族っす。」
「竜人族?」
「普段は人間みたいな姿っす。
肌のどっかに鱗が浮いてたり、目がちょっと爬虫類っぽかったりするくらいっす。
でも、本気で戦う時は――ドラゴンになるっす。」
ピコが両手を広げる。
「でっかい翼生えて、身体が何倍にもなって、炎吐いて、城壁とか金庫とか一緒に溶かすっす。
“逆鱗”っていう怒りどころに触ると、マジで国がひとつ燃えるって噂っす……」
それは確かに、金貸しに向いちゃいるな。
「その竜人族が牛耳ってるのが――ドラゴン金融っす。」
ガルドの声が少しだけ震えた。
「利息は、普通の金貸しの数倍。
でも、“ドラゴン金融から金借りて商売やってる”ってだけで信用ガタ落ちどころか、
逆に“あそこはドラゴンの後ろ盾がある”って扱いになるっす。」
ピコが続ける。
「だから、王都の裏商売やってる連中は、誰かしら一回はドラゴン金融に世話になってるっす。
……でも、払えなくなった奴らの末路も、みんな知ってるっす。」
「焼かれる、っす。」
ガルドの喉が、ごくりと鳴る。
「“見せしめ”って名目で、本人だけじゃなく、仲間も家も、一緒に燃やされるっす。
前に、支払い飛ばした村ごと焼かれた、って話も聞いたことあるっす……」
理屈は分かった。
金を貸す代わりに、炎と恐怖を担保にしてるってわけだ。
だったら、こっちが見せるもんも決まってくる。
「で、ウチの借金は?」
俺が改めて聞くと、ピコが顔色を悪くしながら答えた。
「元々は、先代組長が商売のために借りた金っす。
最初は三百万ゴルドだったんすけど、ギルドと聖堂騎士団からシマ潰しされたり、
仕事が全部飛んだりで……利息だけが雪だるまみたいに増えてったっす。」
ガルドが、指を折って数えながら言う。
「延長、延長、延長……ってやってるうちに、
元金と利息がごちゃまぜになって、今の借金は――一千万ゴルドっす。」
「返済期限は、あと三日っす。」
ピコが肩をすくめる。
「三日後までに払えなかったら、“模範的な取り立て”として、
ここら一帯ごとまとめて焼かれる予定っす。
ドラゴン金融の奴ら、もうその準備に入ってるって噂っす……」
スラムの空気が妙にひやりとして感じた。
まだ朝だというのに、遠くで誰かが窓を閉める音がする。
――逃げる準備を始めている奴らもいるんだろう。
ここらが灰になるのを、もう決まった未来みてぇに諦めてる奴らも。
俺は鼻で笑った。
「一千万。……悪くねぇ額だ。」
「わ、悪くないんすか!? 一千万っすよ!?
ウチのシマどころか、この辺の家全部売り払っても届かねぇ額っすよ!?」
「だからおもろいんやろ。」
俺は踵を返し、事務所の戸をがらりと開けた。
「この世界は、王族だのギルドだの竜人族だのが、
好き勝手シマ決めて、勝手に“裏”を支配してるつもりになっとる。」
外に一歩踏み出しながら、肩越しにふたりを見る。
「ならそこに、極道のシマを一枚挟んだるだけや。」
「ご……極道のシマ……?」
「そうや。表には顔出さねぇ。
けど裏で、金も人も流れ全部握る。
――そのためには、まず死にかけの肩書きに血を通わせる必要がある。」
俺は薄桜会の色あせた看板を指さした。
墨の部分はひび割れ、桜の印はもうよく見えない。
「この看板がな、“あぁ、あそこにケジメの分かる連中がおる”って顔になるまで。
まだ、俺らの仕事は始まってすらおらん。」
ガルドとピコが、ぽかんと口を開けている。
分かってなくてもいい。
ついてくる気さえあれば、それで充分だ。
「で……組長。これからどうするっすか……?」
「決まっとるやろ。」
俺はニヤリと笑った。
「ドラゴン金融に挨拶行く。ついでに――三百万、借りてくる。」
「逆ーーーーーーーーっ!!」
見事なハモりでツッコまれた。
「なんでっすか!?
借金一千万返せねぇから焼かれそうになってんのに、
そこに三百万足してどうするつもりっすか!!?」
「借金ってのはな……」
俺はゆっくりとガルドの肩を叩いた。
「返せへんからって逃げるやつが一番ダサい。
返すために、デカく借りてデカく動かせる奴が、生き残る。」
「……なんか、もっともらしく聞こえるっすけど……」
「意味わかんねぇっす組長……!」
「分からんでええ。俺を信じろ。
盃交わした時点で、お前らの命はもう俺が預かっとる。」
ガルドとピコが、ぐっと唇をかんでうなずいた。
「……わかったっす。ついてくっす。」
「怖いっすけど……ついてくっす!」
「よし。」
俺は、まだボロいままの上着の襟を直し、足元のボロ靴で砂を払った。
「服は帰りに新しくする。
まずは――竜人族に、薄桜会の名前を覚えてもらうところからや。」
◆
ドラゴン金融の本店は、スラムのさらに奥。
場違いなほど豪奢な建物が、薄汚れた路地のど真ん中にそびえていた。
金色の門。真っ赤な絨毯。
両側には、龍の彫刻が絡み合う柱が立っている。
この建物だけ、まるで街そのものから浮いているようだった。
門の前で腕を組んでいたのは、二人の竜人族だ。
人の形はしているが、首元から覗く鱗は黒く硬そうで、瞳の奥には爬虫類特有の縦長の光が揺れている。
「……うわ、本物っす……」
ピコが俺の背中の影に隠れた。
「返済は三日後と通達したはずだが?」
片方の竜人が、俺たちを見下ろすように言った。
「まさか、今から命乞いか?弱小の薄桜会が。」
もう片方が鼻で笑う。
完全にナメきっている。
まぁ、今の薄桜会の評判を考えると、妥当っちゃ妥当だ。
「命乞いには来てへん。」
俺は門番の足元まで歩き、真っ直ぐに見上げた。
「薄桜会・三代目組長、神咲竜児や。借金の件で話があってな。」
「話? 返済のか?」
「金を持ってきたようには見えんがな。」
「持ってきとらんな。」
わざと、あっさり答える。
門番の眉がぴくりと動いた。
「なら何をしに来た。」
「三百万借りに来た。以上や。」
「正気かお前。」
竜人族二人分の視線が、氷みてぇに冷たくなる。
「一千万全額返済まであと三日。
いずれ燃やす予定の弱小に、さらに三百万貸せと?」
「そういうこっちゃ。」
ガルドとピコは、後ろで完全に震えあがっていた。
ピコに至っては、「組長もう無理っすねこれ終わったっすね」って顔をしている。
だが、ここで引いたら終わりだ。
極道は、一歩目で折れたら全部折れる。
「ガルド。」
名を呼ぶ。
盃は懐にしまったままだが、契約は血に刻まれている。
大柄なオークが「はいっす」と短く返事をした。
「ここ、固いかどうか確かめろ。」
俺が顎で示したのは、門の横にあった分厚い外壁だ。
「えっ、ここっすか!? ドラゴン金融の壁っすよ!?」
「そうや。」
「ぶっ壊したら、さすがに殺されるっすよ!?」
「壊すんやない。“触りを見せる”だけや。」
ガルドはそれでも数秒迷っていたが、
やがて覚悟を決めたように拳を握りしめた。
盃契約の光は見えない。
だが、俺には分かる。
こいつらの筋と覚悟に、あの盃はちゃんと応えている。
「――ぅおおおおおおっ!!」
ガルドの拳が、分厚い石の壁に叩き込まれる。
鈍い音。
続いて、バキバキと嫌な音が響いた。
石の壁に、大きな蜘蛛の巣みたいな亀裂が走る。
粉塵がぱらぱらと落ち、亀裂の中心が、ゆっくりと陥没した。
「…………」
門番二人が、言葉を失って壁を見つめた。
壁は完全に崩れてはいない。
だが、今の一撃で――
「ただのオークの拳」では到底出来ない傷がはっきりと刻まれていた。
ガルドは自分の拳を見下ろし、ぽかんとしている。
「な、なんか……やれそうな気がするっす……!」
「やれるんや。」
俺は一歩前に出て、竜人族の視線を受け止めた。
「今のが、薄桜会の“現状”や。」
門番の喉仏が、ごくりと上下するのが分かった。
「一千万の借金背負ってもまだパンチ一発くらいは出せる。
ここに三百万の燃料追加したら――どう燃えるか、見たくならんか?」
「…………」
返事の代わりに、門番の片方がゆっくりと門を叩いた。
中からゴウン、と重い音がする。
「……頭に通す。
中で待っていろ。」
◆
通された応接室は、外から見た通りの豪華さだった。
厚い絨毯。金の装飾が施された調度品。
部屋の奥には、黒い革張りのソファと、テーブルの上に山積みにされた帳簿。
そして、そのソファに座っていた男が――
竜人族の幹部、《炎龍衆筆頭》ラズグリード、だ。
ぱっと見は、濃い赤髪の大柄な人間の男に見える。
だが、胸元から覗く鱗は黒く、瞳は金色の縦長。
指先の爪も、わずかに炎の色を帯びている。
「……薄桜会、ね。」




