02-36.知らない欲望
リーリャちゃんは私の世話を焼きながら、家の周囲を見回りつつ、フェアリスちゃんとティエラへの忍者レッスンも欠かさず続けていた。
ちょっと忙しすぎない?
「大丈夫。問題ない」
二人きりの浴室で背中を流しながら考えていると、まるで私の心を見透かしたように、さっぱりとした答えが帰ってきた。本当に何でもないことのように答えるものだ。私は今、思念伝達スキルを持っていないのに。頼もしい限りだね♪
「♪」
背中を擦る手を掴まれた。そのまま私の両手を前に回し、自身の身体を抱きしめさせた。
「~♪」
全ての体重を預けてきてくれた。リーリャちゃんの小さな身体が私の腕の中にすっぽりと収まった。私も自分から腕に力を込めた。全力でリーリャちゃんを引き寄せようと腕に力を込め続けた。
ふにゃり。とっても柔らかいものが腕の中で潰れる。リーリャちゃんの小さな身体には不釣り合いとさえ言えるような二つの丸い物体。ふにふに。腕で感触を楽しむ。やわやわ。
「ふふ♪ くすぐったい♪」
リーリャちゃんがクスクスと笑い出した。腕の中で僅かに身動ぎしている。私はそれを押さえつけようと、更に腕に力を込めていく。当然私の力でリーリャちゃんを押さえられる筈もないのだけど、それでもリーリャちゃんは抵抗をやめて更に深く身を委ねてくれた。
「影裡様」
唇を奪われる。やっぱり押さえつけられてなんていなかった。リーリャちゃんはいつでも抜け出せる。とんだいたずらっ子だ。ふふ♪ たのし♪
「気を抜きすぎ」
気付いたら押し倒されていた。リーリャちゃんは私に馬乗りになっている。そのまま全体重をかけて倒れ込んできた。意外と重量を感じる。圧迫感がある。再び唇が塞がれた事とも関係があるのかもしれない。呼吸がしづらい。
今、私の命はリーリャちゃんの手のひらの中にある。私の頭を抱え込む小さな両手がもし首に添えられれば、私の命はすぐに摘み取られてしまうかもしれない。何故だかそんな妄想が湧いてくる。ドキドキする。ワクワクする。緊張する。背筋に何かが這い上がってくる。包まれている。安心する。
不思議だ。色んな感情が湧いてくる。何が正しいのかわからず探っているかのようだ。総当りだ。私の心は勝手にトライアンドエラーを繰り返している。リーリャちゃんの行為を受け止めようと心が確かめているのだ。私が最も望む形を探り当てようと、リーリャちゃんが最も伝えたい想いを読み取ろうと、私の心が全力で稼働しているのだ。
心の奥底から熱が込み上げてくる。身体が熱い。未だ嘗て経験した事の無い感覚だ。指先が痺れてきた。身体がふわふわしてきた。末端の感覚は鈍っていくのに一部の感覚だけが鋭くなっていく。気持ちが良い。なのに怖い。けれどもっと感じていたい。今この一瞬一瞬が愛おしい。やっぱり怖い。
「影裡様」
リーリャちゃんが身体を上げた。折角掴みかけた何かが急激に抜け出していく。ダメ! 離れないで! もっと! 今のをもっと頂戴! 私に触れて! リーリャちゃん!
リーリャちゃんが私の求めに応える事は無かった。私の身体を抱き起こし、湯船に放り込んだ。
「カゲリ♪」
「師匠♪」
フェアリスちゃんとティエラが浴室に入ってきた。リーリャちゃんは二人の気配を感じ取ったのだろう。ちくせう。もうちょっとだけ二人きりにしてほしかったのに。意外とリーリャちゃんを独り占め出来る時間って短いのに。逆か。リーリャちゃんが私を独り占め出来る時間だ。さっきのもう一度やってくれないかな。私の感動を共有したかったなぁ。どうしてこんな時に限ってスキルが無いんだか。口惜しい。もう一度あの感覚を掴めるだろうか。味わいたいなぁ。伝えたいなぁ。共感してほしいなぁ。リーリャちゃんにも夢中になってほしかったなぁ。残念だなぁ。
「カゲリ?」
「どうしたの?」
「(ふるふる)」
なんでもないよ。ちょっと悲しい事があっただけ。未練が残っているだけだよ。あまりにも気持ちが良すぎたから。初めての経験だったから。それを噛み締めていたいだけなの。
「湯船に浸かる前に身体を洗え」
「「はい! 師匠!」」
私を覗き込んでいた二人は素直に離れていった。キスイちゃん達が作った石鹸を手にとって身体を磨き始めた。
「影裡様」
リーリャちゃんが正面から抱きしめてくれた。今度はさっきの荒々しい感じとは真逆に、優しく口付けてくれた。
「物足りない?」
「(こくり)」
全然違う。何かが違う。これももちろん悪くはない。ちゃんと好きなままだ。けどついさっき感じたものが大きすぎて強烈過ぎて、私の心が求めてしまっている。もう一度あの快楽を与えてほしい。きっとリーリャちゃんになら出来る筈。もっと全力を尽くしてほしい。二人の目とか気にしなくていいからさ。私のことを全力で喜ばせてくれないかな。
「また今度」
酷い。意地悪だ。
今度は自分からリーリャちゃんを抱きしめて口付けた。リーリャちゃんはされるがままだ。嬉しそうに鼻を鳴らしている。そうじゃない。リーリャちゃんもっとやる気を出して。私の求めに気付いて。リーリャちゃんなら出来るでしょ。リーリャちゃんリーリャちゃんリーリャちゃん。
「おしまい」
身体を離されてしまった。フェアリスちゃんとティエラの二人が湯船に近づいてきたのだ。またしても邪魔されてしまった。悲しい。リーリャちゃんがその程度の事で私から離れてしまった事がとっても悲しい。今更二人の目が何だというのだろうか。私達は皆で愛し合ってきたじゃないか。ティエラがいるから? ならティエラも引きずり込んじゃえばいいの? そうしたらリーリャちゃんはもっと私を抱きしめてくれるの? リーリャちゃんがしてくれないなら二人に口付けてみる? 今この場にいる私の恋人はリーリャちゃんだけなのに? フェアリスちゃんもなんだかいつの間にか加わった感じを出しているけど、私はまだちゃんと認めたわけじゃないんだよ? 私達は愛を交わしあったわけじゃない。ただ一方的に唇を奪われただけだ。皆がそれを良しとしたって私はまだ認めきれていないのだ。なのにその一歩を自分から踏み出すしかないのだろうか。そうしなければリーリャちゃんは応えてくれないのだろうか。ぐぬぬ。
おかしい。なんもかんもおかしい。思考が妙だ。強烈過ぎる快楽に脳を焼かれてしまったのだろうか。ダメだ。一旦落ち着こう。一度すっぱり諦めよう。あれはそう簡単に手に入るものじゃない。何故だかわからないけどそう理解出来る。確信が持てる。だから強引に追い求めたってダメだ。チャンスを待とう。それは今じゃない。ここじゃない。
「「カゲリ♪」」
二人が私の腕を抱きしめた。いつもと違うメンバーに囲まれている。これはこれでとっても心地良い。けれどドキドキはしない。リーリャちゃんが身体を預けてくれているのに、妙な気が起きない。さっきの熱は私の中から綺麗さっぱり消え去ってしまったようだ。惜しいけどこれでいい。今はこっちの方が都合が良い。メリハリは大切だ。あんな感情に浸っていたら心がバカになってしまう。きっと抜け出せなくなってしまう。価値が薄れてしまう。だから今はこれでいい。




