02-22.深夜の考察会
「……そう。ありがとう、未来さん。伝えてくれて」
「はい……」
夜中、影裡や他の皆が寝静まった後、私は未来さんに呼び出されて家の外へと出てきていた。
未来さんの話の内容は影裡の母親についてだった。
「影裡の母はリーリャさんの同業者だったのかしら」
「灯里さんはその可能性を考えているのかもしれません」
上司、或いは業界内でのトップに近い立ち位置だったのかしら。殉職した彼女に代わって影裡を守っている?
いえ。まだ亡くなったと決まったわけでもないわよね。長い事影裡の側には居なかったのかもしれないけど。
影裡の現在の性格を考えればその可能性は高い。影裡が喋れない理由とも関係があるのかもしれない。触れる事が出来なかったのも同じ理由なのかもしれない。
「何故リーリャさんは接触恐怖症だけを解消したのかしら。失声症は心因性によるものではないのかしら」
「だとするなら茉白さんが治せない筈はありません」
「そうね。あの子しょっちゅうスキルを掛けているものね」
茉白さんの治癒スキルは失われた手足すら生やす非常に強力なものだ。それも時間が経ってとうに傷口が塞がっていてもお構い無しだ。
私達はそれを何度も目にした。王都に忍び込んだ際に茉白さんの力は存分に奮われた。疑う余地はない。
影裡の発声器官や脳に異常があるのだとしても、茉白さんが治せない筈はない。だから物理的な損傷じゃない。
けどだとしたら、今度はリーリャさんが治せる筈だ。実際過去のトラウマに起因するであろう接触恐怖症は治してみせた。心因性の失声症なら同じ要領で治せた筈なのだ。
「もしかしたら問題は残っていないのかもしれません」
「……影裡自身が思い込んでいるのね」
既に心身共に治療は済んでいる。後は影裡が喋る意思を持つだけで済むのかもしれない。
「ただそうなると先日の出来事が不可解ね」
「というと?」
「未来さんが影裡を締め上げて失禁させた件よ。あの子、それ程の恐怖を感じても悲鳴の一つも上げなかったでしょ」
「……ですね」
「よっぽど喋れない期間が長かったのかしら」
「或いは締め上げられた影響で肺に十分な空気が無かったとか……」
「どんだけ力込めてんのよ……」
「うぅ……」
「……おかしいわねぇ。あの子たまに鼻歌が漏れ出すのよ。完全に一人だと油断してる時だけだけど」
「あ。私も聞いた事があります。とってもお上手なんですよね♪」
「上手……まあそうね」
「問題はそこではありませんでしたね」
「元々身体には問題が無かったのでしょう」
「ならば心因性で間違いないのでしょう」
「そしてそれも既に根本的な治療は済んでいる。けれど長い事喋っていなかったから……」
「気付いていない、或いは喋り方そのものを忘れてしまったのかもしれません。幼い頃から口数の多い方ではなかったようですし」
「心の中は人一倍やかましいのだけどね」
「元々シャイなところはあるのでしょう」
「きっとリーリャさんも全ての記憶を取り除いたわけではない筈よ。そもそも記憶には手を加えていないのかもしれないわね。あくまで副次的なストレスとかその手の負の感情を取り除いたに過ぎないのかも」
「記憶は自分で忘れてしまったのではないでしょうか」
「可能性は高いわね。よっぽどな事があったのでしょうし」
或いはだからこそ声の方は治療が出来ないのかも。トラウマを解消すれば記憶の封印も解けてしまうのかもしれない。
「……例えば眼の前でお義母様を喪われたとか」
「……これ以上はやめておきましょう。影裡の母の件については勝手な推測を並べるべきではないわ」
「……そうですね」
「少しだけ話を変えて続けましょう」
「はい。綺透さんは何が気になっているのですか?」
「女神が影裡に与えたスキルよ。影裡の失声症は女神であってもどうにもならないものだったのかしら? だから意思を伝える為のスキルを授けたのかしら?」
「……なるほど」
「例えばよ。この世には異世界だとか女神だとかが存在するわけじゃない? しかも向こうの世界にだって忍者が実在するわけよ。世界は私達が知らないだけで不思議に満ちているものなのでしょうね」
「ええ」
「本当にこれは想像の話よ。空想の物語。よくある定番。人魚姫が声を失った原因は魔女との約束だった。或いは薬の副作用によるものかもしれないけれど」
「……悪魔儀式?」
「そう。つまりはそういうなにか。魂に刻みつけられた呪いみたいなもの。女神にすら手を出せない何か。もしそんなものがあるのだとしたら」
「……影裡さんはいったい何を望んだのでしょう」
「それこそ母親に関する事だったのかもしれないわね」
「リーリャさんは知っているのでしょうか……」
「或いはだからこそかも。影の一族にとって大切な儀式、影裡はその生贄だった。影裡自身の願いの為ではなく、一族の目的の為に利用されたのかもしれない。だからリーリャさんは生涯守り抜くと誓ったのかもしれない」
「それ以上はやめろ」
「「っ!?」」
突然殺気が突き付けられた。リーリャさんが本気で怒っている。その目がこれ以上の詮索は許さないと告げている。
「影裡の名前ってそういう意味なの? 影の内側、更なる深淵を指しているのかしら?」
「雪城 綺透。口を閉じろ」
更に殺気が増した。
「あの子の身体能力が不自然な程に低いのも呪いが理由?」
「……勝手なことを」
流石にこれ以上はマズいかしら。
「リーリャさん!!」
あら。未来さんたらまだ踏み込むのね。勇気あるわね。それとも頭に血が上っているだけかしら。私も大概人のことは言えないけど。
「リーリャさんが守っているのは影裡さんですか! それとも他の何かなんですか!?」
「無論影裡様だ。ボクはその為だけに存在している」
「その口ぶり、まさかあなたが影裡と契約した悪魔なの?」
「見当違いだ。これ以上あのお方を謗るならば容赦はない」
「「……」」
流石にこれ以上はダメだ。次に一言でも口にすれば首が飛ぶだろう。それくらい彼女は本気で怒っている。
「一つだけ話してやる。あのお方は影裡様を心の底から愛していらした。影裡様の名は影の生じる裏側、つまり陽の光が差す面を指している。我々一族との決別こそがあのお方の望みだった。影裡様には表の世界を生きてほしかった。ただそれだけの話だ」
「それなのにあなたは付き纏うの?」
「守護者は必要だ。影裡様は狙われていた」
「誰に狙われていたのですか?」
「一つだけと言った筈だ。これ以上は許さない」
「そう。わかったわ。ごめんなさい。これ以上は詮索しないと誓うわ。教えてくれてありがとう。今まで影裡を守ってくれてありがとう。リーリャさん」
「……灯里と同じ事を言うんだな」
「本当に感謝しているのよ? だからあなたとも仲良くしたいわ。非礼は詫びるから仲直りして頂けないかしら?」
「……受け取る」
リーリャさんは闇の中へと姿を消した。
「……すみません」
「別に未来さんが謝る事じゃないわ。彼女だって本気で命まで奪うつもりは無かったわよ」
「……はい」
「元気を出して。未来さんがそんな調子じゃ影裡が不安がるわ」
「はい。そうですね」
「未来さんは切り替えが早いわね♪ そういうところも好きよ♪」
「綺透さんこそ……」
あら。ジト目を向けられてしまったわ。
「……」
未来さんは何やら考え込んでいる。きっとリーリャさんの説明の矛盾点が気になるのだろう。
それに関してはリーリャさんが勘違いをしているって可能性も無くはない。或いは嘘を教え込まされているのかだ。
何にせよ、今の段階でこれ以上探るのは得策ではない。リーリャさんが口を割らねばこれ以上の情報は得られない。例えそこに嘘が混じっていたとしても、私達にそれを知る術は存在しない。何故ならここは異世界だ。今更向こうの世界の裏社会を知ったところでどうにもならない。そういう事は帰還後に考えればいい。スキルを持ち帰れるといいのだけど。
いいえ。その必要もないわよね。影裡が虜にした少女達は全員が名家の娘だ。それも八人も。
この八家の権力・財力・人脈が合わされば出来ないことなんてそうそうあるまい。皆が影裡の秘密を探るだろう。
だから私達が今やるべき事はリーリャさんを完全に味方につける事だ。彼女の協力は必要不可欠だ。最も真実に近いところにいるのは彼女の家なのだから。
ここで意味もなく掘り返して敵に回すのは最悪だ。そんな事に意味はない。私達にはやるべき事がいくらでもある。
この世界を救うどころか、未だ村が形にすらなっていないのだ。早いところ家を完成させて、洞窟に住まわせている子供達をこちらに招かなくてはね。




