02-21.幼馴染の思い出
「さくちゃんって呼ばれてる理由? 別に大した事じゃないよ。あ、けどどうせなら……リーリャちゃん。あのね」
「許す」
「ありがとう」
カゲリちゃんは綺透さんと二人で別室に行ってしまった。きっと今日もまた二人でイチャイチャしているのだろう。
綺透さんには悪いけど今の内に話しておこう。これはきっと大切な事だから。今のカゲリちゃんは不自然だから。あんな風に変わってしまった理由が何かある筈だから。
昔の事を思い出す。カゲリちゃんと出会った頃の事だって今でも覚えている。物心付くかどうかの頃であってもだ。思い出の一つに至るまで私の大切な宝物だ。
「話すね。私とカゲリちゃんが出会った頃の事を。皆には聞いておいてもらいたいから。知っておいてほしいから」
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「カゲリちゃんママって呼んでね♪」
カゲリちゃんママは不思議な人だった。
初めて会った時、私はまだカゲリちゃんの存在を知らなかった。先に出会ったのはカゲリちゃんママの方だった。
なのにカゲリちゃんママはそんな風に自己紹介した。
カゲリちゃんって誰? 当然の疑問だ。
「私の娘よ♪ ほら♪ 可愛いでしょ♪ 今度連れて来るから仲良くしてあげてね♪」
カゲリちゃんママはカゲリちゃんの事が大好きだった。好きで好きで堪らない様子だった。もちろん携帯(当時からスマホはあった。けど何故かカゲリちゃんママはガラケー派だった)の待受はカゲリちゃんだった。
そこに自作のキーホルダーまで付けていた。カゲリちゃんの写真が入った手作りのキーホルダーだ。(もしかしたら最新のスマホはキーホルダーが付けられなかったからなのかもしれない。或いは単純に機械が苦手だったのかもしれない)
子供心に羨ましくなった。
もちろん私のお母さんだって私を愛してくれている。要するに隣の芝は青い理論なんだろう。私のお母さんは私のキーホルダーなんて作ってくれなかった。(けど待ち受けは私とお母さんの二人で写ってるから勝ちだ)なんて考えていた。今思えば本当に幼稚な羨望だった。
私はカゲリちゃんママに憧れた。
不思議で優しくて明るくて、何より格好良いカゲリちゃんママに夢中になった。また今度来るからと言って帰っていったカゲリちゃんママに会いたくて堪らなかった。いつ来るのって何度も聞いてお母さんを困らせてしまった。
そうして存分に焦らされた私の前に、カゲリちゃんが現れた。これが初めての出会いだった。
カゲリちゃんママの胸に抱かれて幸せそうに眠っていた。お人形みたいに可愛い女の子だった。
その瞬間一目で恋に落ちていたのなら、さぞかしロマンチックだった事だろう。けれど違った。私はカゲリちゃんママに抱っこされているカゲリちゃんへの嫉妬心を抱いた。
まあ子供だったんだよ。本当に小さな幼児だったの。恋のコの字も知らなかった。だから多めに見てほしい。最初は少しだけカゲリちゃんの事を疎ましく思ってた。認めるよ。これだけは唯一無かった事にしたい記憶かもしれない。けれど私にとってはカゲリちゃんママとの思い出だって大切なんだよ。だからやっぱり手放したりなんて出来ないんだよ。
「ふふ♪ ごめんね♪ 来る時に寝ちゃったの♪」
カゲリちゃんママは私のお気に入りのおふとんにカゲリちゃんを寝かせた。それがまた癪だった。私は不機嫌だった。
折角カゲリちゃんママに会えたのに、素直に燥ぐ事が出来なかった。お母さんは「何を照れているの? あんなに楽しみにしていたじゃない♪」なんて笑っていたっけ。私のお母さんは穏やかな人だ。少しのんびり屋なところもある。そんな呑気な態度が幼い私を更に苛立たせた。
私はこれまた呑気に眠るカゲリちゃんに視線を向けた。カゲリちゃんママの手前、カゲリちゃんに乱暴しないだけの理性は辛うじてあった。おふとんを取り戻したい気持ちをぐっと抑えてカゲリちゃんの顔を覗き込んだ。
「zzz」
最初はカゲリちゃんへの興味からじゃなかった。あくまで私が好きなのはカゲリちゃんママだった。だからカゲリちゃんママの真似がしたかった。私もカゲリちゃんを好きになればカゲリちゃんママになれると思った。そう考えだしたらいつまでだって寝顔を見ていられた。ついさっきまで疎ましかった筈なのに目が離せなかった。もしかしたらこの時だったのかもしれない。本当はやっぱり一目惚れだったのかもしれない。自分では気付いていなかっただけで。
気付いたら手を伸ばしていた。カゲリちゃんの、私と同じ小さな手に指を握らせていた。それが無性に嬉しかった。カゲリちゃんも私を大好きなんだって思い込んだ。まだ話した事すらなかったのに。
「……?」
カゲリちゃんが目を覚ました。覗き込む私に不思議そうな眼差しを向けてきた。寝ぼけ眼のままにへらと笑みを浮かべた。
「起きたわね♪ ねぼすけちゃん♪」
いつの間にかカゲリちゃんママが側にいた。さっきまで私のお母さんと話してたのに。全然気付かなかった。それほど私はカゲリちゃんに夢中になっていたのだろうか。ううん。それだけじゃない。後からわかった事だけど、カゲリちゃんママはすっごく気配を隠すのが上手だった。本気でかくれんぼなんかしたら絶対に見つけられなかった。
「少しリーリャちゃんとも似てたかも。見た目とかじゃなくて雰囲気が。性格とかも全然違ったんだけどね。なんとなくそう思うの」
「……」
「カゲリちゃんママはお外で遊ぶのが好きだったの。私達を色んなところに連れて行ってくれたの。そうそう。釣りを教えてくれたのもカゲリちゃんママだった。懐かしいなぁ。また会いたいなぁ。元気にしてるかなぁ……」
「……」
「「「「「「……」」」」」」
皆に暗い顔をさせちゃった……。
……そうだよね。おかしいよね。あのカゲリちゃんママに育てられたカゲリちゃんが今みたいになるのって変だよね。そんな筈はないよね。皆もそう思ってくれるよね。だってカゲリちゃんはいっぱい愛されていた筈なんだから。カゲリちゃんだってカゲリちゃんママの事が大好きだったんだから。
話を戻そう。続きを話そう。まだ私とカゲリちゃんの出会いはこれからだ。質問にだってまだ答えてないもんね。
カゲリちゃんママは私の肩に手をおいて、後ろから覗き込んでいた。カゲリちゃんは私でなくカゲリちゃんママに微笑んだのだろう。けれど私はその笑顔が自分に向けられたものだと思いこんでいた。それが嬉しくて堪らなかった。カゲリちゃんママに振り向いて「笑ったね♪ 可愛いね♪」なんて言った記憶がある。カゲリちゃんママは「でっしょ~♪」って私にも笑いかけてくれた。それがまた嬉しかった。
「カゲリ♪ 桜庭さん家の灯里ちゃんよ♪」
カゲリちゃんママが紹介してくれた。カゲリちゃんはまだ少しボーッとしていた。その時は名前を呼んでくれる事は無かった。結局その日は一度も声を聞く事は無かった。というかそれから何度も会っていたけど、初めて喋ったのは随分と後になってからの事だった。
「アカちゃん」
いきなり呼ばれて驚いた。いつも無言で微笑む子だったから私の名前なんて覚えていないのかと思ってた。
「"あかちゃん"はカゲリちゃんでしょー!」
なんかそんな感じの事を言った筈だ。
「……」
カゲリちゃんはまたまた喋らなくなった。次に口を開いたのはまた数日後だった。
「さくちゃん」
「へんだよー!」
私の名前は"あかり"だもん!
「わがまま」
「え~!?」
それからカゲリちゃんは頑なにさくちゃんと呼び始めた。もしかしたらいっぱい考えてきてくれたのかもしれない。カゲリちゃんはきっと私の事が大好きだった。いつもされるがままだけど、それでも笑ってくれていた。私はカゲリちゃんに夢中になっていった。カゲリちゃんの笑顔が見たかった。カゲリちゃんママの事ももちろん大好きだけど、カゲリちゃんの事ももっともっと好きになっていった。
そんな幸せな日々が何年か続いた。
終わってしまったのは私の家の都合だ。私とお母さんは引っ越す事になった。お父さんは一緒じゃなかった。お父さんが帰ってこれなくなった理由はすぐには理解できなかった。元々出張が多いお父さんだった。また長い仕事に行ってるのだと思いこんでいた。
だから私にとっては、カゲリちゃんとカゲリちゃんママに会えなくなると聞かされた事の方がショックだった。何度も泣いてお母さんを困らせた。お母さんだっていっぱい泣きたかった筈だ。それでも私の前ではいつも通りだった。のんびりとした声で「ごめんね」と何度も繰り返していた。
「あはは。ごめんね、関係無い話までしちゃった。とにかくそういう事でね。私はカゲリちゃんのその後を知らなかったの。あの学校で再会するまでは一度も会えなかったから」
一度お母さんの実家に引っ越して、それから何年もして、私が中学生の頃にお母さんが再婚した。今の白銀の苗字になったのはその時だ。
亡くなったお父さんもそうだったけど、今のお父さんもとっても優しい人だ。お母さんも変わらず私を愛してくれている。けど少し寂しかった。寮生活って聞いた時は少しホッとした。おかしいよね。寂しいのに一人になりたいなんて。
「カゲリちゃんとまた会えた事は本当に嬉しかった」
カゲリちゃんが私を助けに来てくれたんだと思った。
「けどカゲリちゃんは私に気付いてくれなかった。ううん。それも少し違うのかな。あの学校にいた頃のカゲリちゃんは誰の目も見てなかったから。たぶん私の事だってちゃんと視界に入ってなかっただけなんだと思う。こっちで話すようになってからはすぐに思い出してくれたし。幼馴染の存在だけは今でも覚えてくれていたもんね」
一目見た時点で気付くべきだった。私は自分の事ばかりでカゲリちゃんの変化に気付けなかった。私の方こそカゲリちゃんの事を何も見てはいなかったのだろう。今では後悔している。だから私は変わる事にした。これは皆のお陰でもある。だから本当に感謝してる。カゲリちゃんを好きになってくれてありがとう。私に気付かせてくれてありがとう。
「向こうで何度も話しかけようとしたんだ。けれど何故か毎回上手くいかなかった。あれって考えてみたらリーリャちゃんや未来さん達がカゲリちゃんに誰も近づかせないようにしていたからなんだね。それを頼んだって事は先生達も何か事情は知っていたんだよね」
「「「ごめんなさい……」」」
「ううん。カゲリちゃんを守ってくれてありがとう」
私は皆の事も大好きだ。カゲリちゃんを好きになってくれた皆だもん。私の大好きなカゲリちゃんを想って守ってくれる子たちだもん。カゲリちゃんママと同じだ。そう気付いたら取り合う必要なんて無いんだって思えた。カゲリちゃんはそれが寂しいなんて言ってくれたけどね。ふふ♪
「私から話せるのはこんなところかな。リーリャちゃんはどう? 皆になら打ち明けてみてもいいんじゃない? きっと力になってくれるよ。カゲリちゃんの為に出来る事はなんだってしてくれる。だから……ううん。ごめん。リーリャちゃんの気持ちもわかってる。これは我儘だよね。リーリャちゃんは秘密にする事こそカゲリちゃんの為だって思ってるんだもんね。うん。それも正しいと思う。カゲリちゃんの為だなんて言って真実を明かしても、結局カゲリちゃんを悲しませちゃうだけなのかもしれない。リーリャちゃんが自分一人で抱え込んでくれるのも誰よりカゲリちゃんの事を想ってなんだってわかってる。けど無理はしないでね。私達は秘密を守るよ。痛みも苦しみも一緒に抱えるよ。カゲリちゃんには明かせなくても私達には頼れるんだって覚えておいて。私達はリーリャちゃんの力にだってなりたいから。リーリャちゃんの事だって大好きだから。カゲリちゃんを見守ってくれてありがとう。リーリャちゃん。これからも一緒に頑張ろうね。いつまでもカゲリちゃんの側で支え合って生きていこうね」
「……プロポーズ?」
リーリャちゃんはなんとも不思議な表情をしている。泣きそうで、少し赤くて、それらを強引に抑え込んでいるような中途半端な無表情みたいな。そんな感じ。
「そうだよ。私達は一緒にカゲリちゃんのお嫁さんになるんだもん。なら私とリーリャちゃんだって同じ関係になれるよね。生涯苦楽を共にする関係になれるよね」
「……考えとく」
「ありがと♪ 良いお返事を期待してるね♪」




