01-47.誘い罠
「二度とあんな真似しないって言ったじゃないですかぁ!」
「だから許可は取ったわ。同意の上よ」
いやいや。私ダメって言ってたよ?
「なによ。満更でもなかったくせに」
「綺透さん! その発言は最低です!!」
「もう。悪かったわ。反省してます」
いいけどね。嬉しかったのは事実だし。
「影裡さん!?」
次は未来ちゃんの番?
「なによ。私はもうお役御免なのね」
またすぐ相手してあげるからさ♪
「この浮気者。あ~やだやだ。すぐ目移りするんだから」
ハーレムだのなんだの言い出したのは皆でしょ?
「灯里さんじゃなかった?」
何にせよラインを踏み越えてきたのはそっちだよ。
「それは間違いないわね。わかったわ。浮気者という言葉は撤回しましょう。それで満足かしら?」
キスイちゃんは私だけを好きでいてね。そうしたらいつかは信じてあげるから。
「なっ!?」
「ちょっと。なんで私にだけ意地悪するのよ」
「そんなっ!! そんな事よりですよ!? 綺透さん!?」
「なによ。慌てすぎよ。未来さん」
「い! 今!! 影裡さんが!! 影裡さんがぁ!!!」
いくらなんでも動揺しすぎでしょ。どうしちゃったのさ。
「意外とチョロかったわよ。未来さんも頑張りなさい」
誰がチョロいって?
「焦らずゆっくりね。この子臆病なだけだから」
「は、はい!」
こんにゃろ。
「ふふ♪ 未来さんなら大丈夫よ。影裡ったら未来さんの話ばっかりしてたんだから。あなたこの子の理想みたいよ。影裡は未来さんが好みのタイプなんですって」
「ななっ!?」
「それじゃあね。また後で。愛してるわ。影裡」
キスイちゃんは最後にもう一度口付けて、クールに去っていった。
「……」
未来ちゃんが真赤だ。チラチラこっちを見ている。心做しか視線が唇に吸い寄せられている気がする。未来ちゃんもキスに嵌ったのかもしれない。私なん、ごほん。私の唇でよければどうぞ? 未来ちゃんに求めてもらえるなら光栄だよ♪
「っ!?」
にしても凄い絵面だ。赤面でもじもじチラチラしてる未来ちゃんときたら同性でもドキドキしちゃう色っぽさなのだ。
これが美少女力カンストの実力か。キスイちゃんだって上澄みも上澄みだけど、方向性がまるで違うのだ。キスイちゃんの言う通りかもしれない。未来ちゃんは私にとって理想の女の子だ。それも自分がなりたいとかって意味ではなくて、遠巻きに眺めているだけで幸せって意味でだ。
写真を撮ってこっそり隠し持っておきたい。話しかけるどころか近づく事すら恐れ多い。本来ならそれくらい縁遠い人物だった。こうして共に異世界転移に巻き込まれなければ友達になる事もなかった。なのに私は、あろうことか気軽に抱きついていたのだ。頬とはいえ、口づけまでしていたのだ。
私が如何に調子に乗っていたのかがわかるというものだ。こうして改めて考えてみるとなんだか怖くなってくる。今までの私はなんと恐れ知らずだったのだろう。いいや。これはもう恥知らずと言うべきだ。厚顔無恥にも程がある。私なんかがこの子に触れるなんて決して許されざる大罪だ。
「影裡さん!!!」
未来ちゃんがタックルするように突っ込んできた。当然私が支えきれる筈もなく、あっさりと後ろに倒れ込んでいく。
気付くと地面に押し倒されていた。後頭部に未来ちゃんの腕が添えられている。驚いた事に殆ど衝撃を感じなかった。いったいどんな体捌きでこれを成したのだろう。不思議だ。
そんな事があったからだろうか。私の心はかえって落ち着いたみたいだ。未来ちゃんの顔が赤い。さっきより更に。あと近い。どうやらキスされているらしい。貪るような口づけだ。ついさっきキスイちゃんを責めていたのと同じ口でキスイちゃんより遥かに激しく求めてくる。痛い。抓られた。
未来ちゃんは私の後頭部に添えた右手を更に自分の方に引き寄せつつ、空いた左手で頬を抓ってきた。けどそれも一瞬だけ。すぐに手の平を広げて頬を撫でられた。いつの間にか足も絡め取られている。もしかしたら最初からなのかもしれない。私は計画的に押し倒されたのかも。支えきれなくて倒れたのではなく、足を引っ掛けて倒されたのかもしれない。
痛い。また抓られた。これはあれかな。余計な事を考えるなって事かな。ごめんて。けど仕方ないんだよ。なんだか現実味がなくってさ。これじゃあ本当に未来ちゃんが私に夢中みたいじゃん。痛い。またまた抓られた。未来ちゃんって意外と乱暴なんだね。それにとっても熱烈だ。私もまだまだ知らない事ばっかりだ。皆を推し量るのはもっと知ってからでも遅くはないのかもしれない。
「……」
そろそろ何か言って欲しい。私の唇ってそんなに美味しいかな? 皆と同じ歯磨き粉使ってる筈なんだけど。あれ? でもあの歯磨き粉ってアリシアちゃんの生み出した幻だから匂いとかは残らないのかな? 一応汚れを落とす事は出来てると思うんだけど。痛い。そろそろほっぺ腫れちゃうかも。
「……」
少し息苦しくなってきた。未来ちゃんはまだまだ余裕そうだけど私は肺活量が少ないからね。全く呼吸できてないわけじゃないけど、やっぱり遠慮しちゃうからさ。
「ぷはっ……」
ふぅ……何その目は? どういう感情? あ、また続けるんだ。未来ちゃんも反省したんじゃなかったの? 別にいいけどさ。もう止めたりしないよ。気の済むまでやってみて。全部許してあげる。けれどまた泣かせちゃったらごめんね。
「……好きって……言ってください」
ごめんね。今は言いたくない。
「っ!!」
それだと今までの繰り返しになっちゃうからさ。私、未来ちゃんを悲しませたくないの。もう二度と泣かせたくない。だから言わないよ。未来ちゃんがそんな顔をしてる間はね。
「……ならどうすれば」
落ち着いて。キスイちゃん言ってたでしょ。「焦らずゆっくりね」って。私は臆病だからさ。勢いよくこられると殻に閉じ籠もっちゃうんだよ。たぶん今のこれも自己防衛なんだと思う。私は別に落ち着いているわけじゃないんだよ。本当は意識を現実から遠ざけて退避しているだけなの。俯瞰して眺めている限りは心で応える事なんて出来ないんだと思う。もちろん未来ちゃんの心を受け止める事だって出来ないよ。だからね。焦らないで。申し訳ないけど私のペースに合わせてくれると嬉しいな。どうかな? エスコートしてくれる?
「……はい。影裡さん」
未来ちゃんは隣に寝転んで目を瞑った。相変わらず右手は私の後頭部だ。腕枕ならぬ手の平枕だ。超豪華。
左手を自身の瞼に添えて考え事をしていたかと思いきや、突然足をバタバタとしながら小さくうめき声を上げ始めた。
「…………ぅぅうううう! 私はなんてことを!!!」
今更になって後悔が押し寄せてきたようだ。
「影裡さぁん……」
よしよし。大丈夫だよ。言ったでしょ。全部許すって。
「でもぉ……」
そこで泣いたらダメだよ。それも後悔したんでしょ? なら二度と私に涙は見せないでね。私嫌だもん。未来ちゃんが私の事で泣いてる姿なんて見たくないもん。
「うぅ……」
良い子良い子。大丈夫。怒ってないよ。
「そう仰られるとかえって泣きそうですぅ……」
我慢して。
「はい……」
ふふ♪ こんなに弱った未来ちゃんは初めてかも♪
「うぅ……意地悪ですぅ……」
先に意地悪したのは未来ちゃんでしょ?
「ぐっ……すみませんでした……」
ふふふ♪ なんか可愛い♪
「いやですぅ……こんな姿……」
まあいいじゃん。私達恋人なんだからさ。情けない姿も見せ合っていこう。そうすればきっといつか好きになれるよ。
「あぁ……つまり今は……当然ですよね……」
ほらほら。涙が溢れてるよ。
「やっぱり意地悪ですぅ……」
キスイちゃんにも言われたよ。
「くっ……」
安心して。少なくとも未来ちゃんの顔と身体と声と性格は好きだよ。
「他に何があるんですかぁ!?」
タイミングかなぁ。
「なるほど……勉強になります……」
後は信頼も足りないかも。
「くはっ!!」
もちろん未来ちゃんの判断は信じてるし、何時でも頼りにしているけどね。けどさっきの様子を見るとさ。やっぱり私の懸念が当たってるんじゃないかって思うんだ。
「……私の好意を疑っているという話ですね」
うん。
「……ショックです」
今回ばかりは自業自得じゃないかなぁ。
「影裡さんのせいですよぉ!! 影裡さんが挑発したんじゃないですかぁ!!」
だからそういう所なんだよ。私程度の言葉で未来ちゃんが翻弄されるなんて不自然だ。それも我を忘れて同じ失敗を繰り返した程だ。やっぱりスキルのせいでって。そう思っちゃうわけなんですよ。
「そんなの影裡さんの思い込みです! 恋って元々そういうものでしょ!?」
ごめんだけどこの話はもうやめよう。今のままじゃ平行線だもん。
「……そうですね。今回ばかりは大人しく引き下がります。私もやらかした自覚はありますから。もう一度出直してきます。次こそは必ず影裡さんを落としてみせます」
そうじゃないんだよなぁ。
「……失礼。一回で決めようとしてはいけないのでしたね」
うんうん。ゆっくり進めていこうね。恋ってそういうものでもある筈でしょう?
「……私は燃え上がるような恋に身を任せてみたいです」
なるほど。見解の相違だね。それとも嗜好の違いと言うべきかな。
「影裡さんって保守的なんですね」
キスイちゃんは素直じゃないって言ってたよ。
「……今は他の子の名前を出さないでください」
ううん。もうこの時間も終わりだよ。そろそろ時間切れ。皆の所に戻らないと。
「……残念です」
そうだね。私も残念だよ。もっと未来ちゃんとも話していたかったし。同時に少しだけホッとしてもいるよ。正直ね。
「……反省しています」
うん。次に期待するね。
「……はい。ありがとうございます。影裡さん」
こちらこそ♪




