01-37.神への祈り
突貫工事が無事に終わった。ギリギリで。一昨日の夕方から始めて昨日も丸一日作業を続けていた。それでどうにかこうにか礼拝堂を建て直す事に成功したのだった。
いや凄えのよ。スキルをフル活用したからって建物一棟を丸々建て直すのは並大抵じゃねえのよ。元々残っていたのは辛うじて礼拝堂跡と分かる程度の瓦礫でしかなかったのだ。よくあそこから形になったものだ。ほんとお疲れ様です。
私達も最後に、ノーブルちゃんのスキルで出せる調度品を配置する作業だけは手伝えた。蝋燭立てとかシーツとかテーブルクロスをそれっぽく飾り付けていったのだ。そこはノーブルちゃんとギャルちゃんが中心になってやってくれた。この二人のセンスは抜群だ。お陰で更に雰囲気が良くなった。
後は補給部隊の到着を待つだけだ。今回私達は姿を表さない。そう決めた。建物が直っただけなら王様が兵を差し向けてくる事もないだろう。妙な興味は抱くかもしれないが、王様自身の反応は薄いかもしれない。良いんだか悪いんだか。
少なくとも調査員さんの延命措置としては十分な効果を発揮してくれる筈だ。調査は間違いなく必要になるんだし。安直かな? 神様本人をいつまでも見つけられないからっていずれ処罰されちゃうかな?
一応リーダーちゃんの未来予知で視える範疇では彼も生きてこの場を訪れていた。今のところ未来予知が外れた事は無い。筈だ。少なくともリーダーちゃん本人は口にしなかった。
ただし未来は簡単な事で変わってしまうようだ。リーダーちゃんが何かしようと意識した時点でその結果を観測出来てしまう。正直出来過ぎな気もする。
リーダーちゃんだからこそかな? やろうと思った事を確実にやりとげる性格だからなのかもしれない。私が未来予知スキルを使ったって「どうせやらないんだろ?」的な感じで何の変化も無い未来が見えそう。きっとリーダーちゃんはスキルにまで愛されているのだ。間違いない。
「来ました」
今日も今日とて思念伝達のスキルはリーリャちゃんに預かってもらってある。私が持っていると暴発して余計な事を伝えちゃうかもだからね。暴発もなにも未だ一切制御出来ていないんだけども。結界で防いでもらった方がてっとり早いけど、念には念を入れておくとしよう。
「~~!!! ~~~~!!!」
調査員さんが飛び出してきた。いち早く異変に気付いたのだろう。一昨日は存在しなかった筈の礼拝堂が建っているのだ。木々の隙間からでも見えたのだろう。
「よかったわね。一昨日と同じ人よ」
「はい。これで一安心です」
もしかしたらリーダーちゃん自身が一番自分の未来予知を信じきれていなかったのかもしれない。ようやく安心できたようで何よりだ。
「なぜかみはすがたをあらわさない」
毎度恒例フェアリスちゃんの棒読み通訳が始まった。
「われらをからかっているのか」
なんか逆恨みしてない? いや、彼の立場からしたら文句の一つも言いたくなるだろうけども。あと口調が偉そうだ。やっぱり神様を敬うつもりは微塵も無いらしい。
「でてこいかみよ。たのむ、でてきてくれ。でないとわたしはおしまいだ。こんどこそへいかはおゆるしにならんのだ」
あらら。神様に祈り始めちゃった。何故神様には横柄なのに王様には丁寧なのさ。せめて神頼みする時くらい取り繕ったらどう? いや、ほんと気持ちはわからなくもないんだけどね。神様の後ろ盾をこれ幸いと利用している私達が咎められた事でないのも理解はしているんだけども。
「アカリ。結界を解きなさい」
ノーブルちゃん?
「ダメよ、アリシアさん。交渉を持ちかけるのは今じゃないわ。それは次回以降の約束よ」
だね。一旦森に起きた変化を報告してもらって王様の出方を見ないといけないもん。私達の存在を伝えるのはそれからだ。一つずつ慎重に進めていかないと。
「眼の前で膝をついて願い乞う者を放ってはおけませんわ」
「一時の感情に流されないで。全員を危険に晒すつもり?」
「ワタクシ一人で動きます。皆さんには迷惑をかけないとお約束致しますわ」
「姿を現して何をするつもり? アリシアさん一人で何が出来るの?」
「ワタクシ一人ならばどうとでもなります。この国の王に力ある者の正しき振る舞いを叩き込んでみせますわ」
「不可能です。たしかにアリシアさんのスキルは強力ですが、人知を超えた武力を有しているわけではありません。単独で乗り込めば間違いなく取り押さえられるでしょう」
「だとしても捕らえ続けることはできませんわ」
「それは甘く見すぎです。数では圧倒的に劣るのです。逃げ続ける事は不可能なのです」
影メイドさんは確かに人より強いけど、武装した大柄の男性に勝る程ではない。あくまで人間の女性を模倣した存在に過ぎないのだ。
人間じゃないから体力を無視できたり、自身の身を顧みずに動けるけど、逆に言うと特別なのはそれだけだ。鎧や檻を壊せる程の力があるわけじゃない。道具を使って鎖を切れたところで牢屋からは出られない。少なくとも力尽くでは。
もちろん影メイドさん達に鍵を盗ませたりも出来るだろうけど、種が割れてしまえば対策も簡単だ。リーダーちゃんの言う通り、逃げ続けるのは不可能だろう。
「信じて、アリシアさん。次回こそは接触出来るように策を練るわ。だからお願い。もう少しだけ我慢していて」
「……」
ノーブルちゃんが次の言葉を告げる前に、礼拝堂に補給部隊の人達がなだれ込んできた。彼らは興奮した様子で手当たり次第に物色していく。折角並べた小物類が次々と回収されていく。そんな事をしても王都まで持ち帰ることすら出来はしないのに。彼らには知る由もないことだけど。
「……」
ノーブルちゃんがすっごい顔してる。ああいう人達は心底嫌いなのだろう。もちろんノーブルちゃんだけじゃない。きっと皆そうだ。正直気分が悪い。彼らはこちらの意図に思いを馳せることもなく、当然のように略奪しているのだから。
いったいどんな経験があればああまで図々しくなれるのだろう。神様に支えられている自覚は無いのだろうか。
そんな筈はない。彼らは神様の存在を認識しているのだ。これが神様の恩寵であると理解した上で享受しているのだ。欠片の感謝も抱かずに。
彼らがこの礼拝堂で回収した品々の分だけ今日回収できる食料は減るだろう。誰も気付かないのだろうか。燭台を持ち帰ったところで腹は膨れないのに。今もどこからか、神様が自分達の行いを見ているかもしれないのに。
私達は彼らの事を何も知らない。もしかしたら彼らにとってこれは必要なことなのかもしれない。王様の機嫌を取ればいつもより多くの食料を得られるのかもしれない。そうして飢えに苦しむ家族を救おうとしているのかもしれない。
彼らが私達の都合に気付かないように、私達もまた彼らの都合を理解しきれていないのかもしれない。
だからこれは慈悲だ。彼らの行いが失態で終わらぬ為の気遣いだ。
ノーブルちゃんはスキルを解除した。全ての調度品が姿を消した。この礼拝堂に残っていた物も、彼らがぶんどり手にしていた物も、既に荷車に詰み終えていた分も。例外無く。一つ残らず。無慈悲に。徹底的に。
「~~~! ~~~~!!!」
最初は驚きだった。次第に誰も彼もが悪態をつき始めた。神様に騙されたと自らの行いを棚に上げて罵った。
荒みきっている。仲良くなれる気がしない。飢えと貧しさが彼らを卑しき存在へと落としてしまったのだろうか。
この国の問題は私達が想像する以上に深刻なのだろう。それを改めて目の当たりにした気分だ。神様も酷な事を言う。私達に期待するだなんて。こうまで狂ってしまった世界でいったい何が出来ると言うのだろうか。私達は非力な少女に過ぎないのに。多少特別な力を貰ったからって覆らないものもあるというのに。
「……」
茉白ちゃんが祈り始めた。きっと彼らの為に。茉白ちゃんの癒やしの力が降り注ぐ。驚き、頭上を見上げる者もいる。天を指差し罵声を上げる者もいる。怯えて蹲る者もいる。神の奇跡に感謝し祈る者も、ほんの僅かに現れた。




