01-19.寡黙な守護者
黒い霧は、獣達が完全に動かなくなってもその身体を包み続けていた。これに触れたらどうなるんだろう。今のところ前線で戦っている武士道ちゃんに影響は出ていない。触れただけでどうにかなるものとも思えない。
だから手を伸ばしてみた。幸い近くに幼馴染ちゃんもいない。ほんの出来心だった。
「駄目」
半袖制服の袖を引かれて腕が止まる。珍しく忍者ちゃんが自分から姿を現してくれた。
「(ニコニコ♪)」
「…………何?」
振り向いて笑顔を向けると、真赤になって顔を逸らしながらも返事をしてくれた。
「(かきかき)」
石のナイフで地面に文字を書く。「いつもありがとう」先ずはそう伝えてみた。
「…………」
無言だ。
「(かきかき)」
今度は「いつから?」と問いかけてみた。
「…………入学前」
あら。そうなんだ。実は昔から側に居たわけじゃなかったんだね。
「(かきかき)」
次は単刀直入に「私達の関係は?」と聞いてみた。
「…………主従」
なるほど。なら次は「誰が雇ったの?」だ。
「…………」
これはノーコメントか。ふむふむ。
「…………もう行く」
「!」
「!?」
咄嗟に忍者ちゃんの手を掴んでいた。不思議なことに掴むことが出来てしまった。その事実には、私だけでなく忍者ちゃんまでもが驚いていた。
「(かきかき)」
とにかく引き止めなくちゃ。「一緒に居て。命令」
「…………」
あれ? 反応しない? って! えっ!? 泣いてる!?
「(あわあわ!)」
「カゲリちゃん!? いったいどうしたの!?」
「「!?」」
駆け寄ってきた幼馴染ちゃんに驚いたのか、忍者ちゃんは一瞬で姿を消してしまった。残念ながら命令は聞いてもらえなかったようだ。主従って言うからいけるかと思ったのだけど。次は普通にお願いしてみるとしよう。
「今のリーリャさんだよね!? 手繋いでなかった!? 大丈夫!? どこも調子悪くない!?」
「(こくこく)」
大丈夫。気絶はしなかったよ。私も不思議だけど。
「ダメだよ! こんな所で無茶しちゃ!」
仰る通りっす。ごめんちゃい。
「(スリスリ♪)」
「もう! そんなんじゃ誤魔化されないんだからね!」
あらら。本気っぽい。
「私まだやる事あるから一緒に居てね! 大人しくしてるんだよ!」
「(こくこく)」
はい。邪魔しません。一生付いて行きます。
「よろしい!」
幼馴染ちゃんは私の手を引いてリーダーちゃん達の下へと戻った。
どうやら魔獣の一部を結界で囲った場合の様子も確認していたようだ。森の中に放置された場合と結界の中に閉じ込めた場合で、消滅するまでにかかる時間を比べているらしい。
「影裡さんは大丈夫でしたか?」
「(こくこく)」
「それはよかったです♪」
どこから見てたんだろう? 皆は幼馴染ちゃん程に心配していたわけでもないようだ。なら最初からかな? 私と忍者ちゃんが楽しく筆談していたのには気付いていたのかも。忍者ちゃんが側にいるなら別に心配も要らないもんね。
「リーリャさんとはお話できましたか?」
「(こくこく)」
残念ながら泣かせちゃったけど。悪いことしちゃった。けど理由も何もわからないからどうしたらいいものか……。
「心配は要りません♪ リーリャさんは喜んでいます♪」
そうなの? リーダーちゃんが言うならそうなのかも。なら良かった♪ どうせなら忍者ちゃんとも触れ合いたいし♪
「むっ! 浮気はダメだよ! カゲリちゃん!」
目ざとい。
「集中なさい。アカリ。またやらかしますわよ」
「ぐぬぬぅ~」
がんば~♪
----------------------
あ。忍者ちゃんだ。木の上に座ってる。
「(ぶんぶん!)」
手を振ってみる。
「出たわねリーリャさん! ちょっとこっち来なさい!」
幼馴染ちゃんにも見えているようだ。よかった。気の所為じゃなかった。どうしたんだろう? 今まで誰にも見つけられなかったのに。
もしかしてわざと姿を見えるようにしてくれたのかな? 私が一緒に居てって言ったから? できればもう少し近くに来てほしいな♪
「…………」
応じる気は無いようだ。木の上に座ったまま静観を続けている。あれが彼女なりのパーソナルスペースなのだろうか。それとも護衛の為? あんまり近過ぎると見渡せないから?
「もう! 素直に来ないならこうしちゃうんだから!」
幼馴染ちゃんは忍者ちゃんをターゲットにして結界を展開した。
「捕まえた! っ!? えっ!? うそ!?」
忍者ちゃんを捕らえた結界が消滅してしまった。忍者ちゃんが何かスキルを使ったのだろうか。まるで手の平に吸い込まれるように消えていった。
「ふむ。なるほど。合点がいった」
武士道ちゃんは忍者ちゃんのスキルに心当たりがあるようだ。
「スキルの無効化? いえ。それでは以前眼の前から消えて見せた現象の説明がつかないわね。……そう。つまりリーリャさんの力は」
「綺透殿。不用意に明かすものではない」
「……そうね。本人の許可無しに暴くのはマナー違反よね」
クールちゃんも気付いたようだ。たぶん忍者ちゃんのスキルは『吸収』だ。それも高度に使いこなしている。きっと忍術との併用でもあるのだろう。
私達の眼の前から消えてみせたあの時は洞窟の中だった。きっと周囲の光を吸収して暗闇に紛れたのだろう。
それに私のおね……漏らした時にも……。恥ずい……。けどありがとう……。
きっとそれだけじゃない。もしかしたら彼女の力は感情なんかも吸い取れるのかも。ギャルちゃんが一人になる度に元気を取り戻していたのも、忍者ちゃんがこっそり寂しい気持ちを吸い出してくれていたお陰なのかもしれない。
たぶんこの推測は間違いじゃない。クールちゃんの『構造解析』が言語にも通用するくらいだ。きっと皆の力は想像以上に凄いものなのだろう。
ノーブルちゃんの影メイドさん達は言うに及ばず、幼馴染ちゃんだって結界に様々な効果を付与してやれる事をどんどん増やしている。元々解釈次第でいくらでも成長出来るものなのかもしれない。
「もう! 大人しく捕まってよ! カゲリちゃんが話したがってるでしょ!」
あら? 私の為だったの?
「…………」
忍者ちゃんが近づいてきてくれた。びっくり。
「(ニコニコ♪)」
忍者ちゃんの手を握ってみる。……何も起きない。私の血流は穏やかだ。幼馴染ちゃんと同じだ。忍者ちゃんとなら触れ合えるようだ。
「あっ!!」
「!?」
それならばと思い切って抱き締めてみる。忍者ちゃんの小さな身体が強張っている。どころか震え始めてしまった。慌てて手を離そうとした所で気付く。忍者ちゃんも私を抱き締めていた。私の胸に額を押し付けて啜り泣いていた。
私は改めて腕に力を入れ直した。幼馴染ちゃんも止めようとはしなかった。




