01-16.滅びゆく世界
村に到着した私達を出迎えたのは、明らかに警戒心の籠もった眼差しだった。どうやら黒髪黒眼が珍しいらしい。フェアリスちゃんがそう教えてくれた。
クールちゃんの黒髪は特に長くて美しいから目を引くだろう。その上、フェアリスちゃんと談笑しながら現れた事でかえって警戒されてしまったようだ。
ただでさえ見知らぬ人間だ。その上見慣れない容姿と服装に加えて、言葉遣いまでたどたどしい。明らかに異邦人であると見て取れる。だからこれが普通の反応なのだろう。
私達は一先ず村の外で待つ事になった。フェアリスちゃんが事情を説明してくれた事で、わざわざ村長さんが来てくれる事になったそうだ。
「あれすっごいねぇ……」
ギャルちゃんが感嘆するのも無理はない。村の先には巨大な城壁が見えている。村どころか大都市まで見つかった。この村に居づらければ早々にあの都市を目指すとしよう。
「~~~~! ~~~~~~!」
現れた村長さんが捲し立てるように何かを喋っている。その表情は明らかに私達を歓迎するものではない。
「!? ~~~!! ~~~~~~!!!!」
フェアリスちゃんが村長さんに詰め寄った。私達は相当酷い事を言われているのかもしれない。
「村に入る事は認めないそうよ。それからあの大都市に入る事も不可能だって。どうしてもって言うなら通報してやるだなんて言ってるわ。そうすれば入れるだろうって」
あらら。
「それから森に立ち入る事も許さないって。森はこの村だけでなく、あの大都市にとっても命綱と呼べる場所だそうよ。それを無断で踏み荒らすなんて到底許されない。通報せずに見逃してやるだけでもありがく思え。だそうよ」
これは酷い……。
「離れましょう。ここに居座っても良いことはありません」
これには未来予知を使うまでもないだろう。
「そうね。一先ずあの都市を目指してみるとしましょうか」
クールちゃんがそんな感じの事を伝えて、村を大きく迂回するように歩き始めた。
背後から視線が突き刺さる。私達が森に近づかないよう見張っているのだろう。これは困った事になった。水を失ってしまった事が想像以上に響く結果となってしまった。
メイドさん達を引っ込めておいたのは幸いだった。もし食料をメイドさん達に持たせたままにしていれば、最悪そちらも奪われてしまう所だった。今は全て幼馴染ちゃんの結界の籠の中だ。不可視の状態で私達についてきている。中には水分を含んだ木の実なんかもある。荒野を行くには心もとないが、ギリギリ保つ分くらいはあるだろう。
「~~~~! ~~~~~~!!!!!」
フェアリスちゃんが必死に叫んでいる。けれど振り向くわけにはいかない。これ以上迷惑はかけられない。きっとあの子は叱られてしまうだろう。だからこれは仕方がない事だ。
暫く歩き続けても村人の見張りが途絶える事はなかった。
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「森に引き返しましょう」
十分に離れた所でリーダーちゃんがそう提案した。
「そうね。もう一度必要な物資を集めましょう」
「ごめんなさい……」
「アカリ。気にし過ぎる必要はありませんわ。どのみち食料も心許なかったのです。あの都市が我々を受け入れぬと言うなら必要な事でした」
「ありがとう……アリシアさん……」
ごめんね……幼馴染ちゃん……皆……。
「カゲリまでそんな顔をするものではありませんわ。現在アカリは我々の生命線です。あなたがアカリを支えるのです。責任重大ですわよ?」
「(こくり)」
「良い顔ですわ♪ 褒めて差し上げます♪」
ありがとう。ノーブルちゃん。
「灯里さん。皆を隠す事は出来ますか?」
「うん。任せて」
どうやら結界に覆われたようだ。日差しや砂埃がかなり軽減された。とはいえ完全に遮断されるわけでもないようだ。そんな事したら酸素も途絶えてしまうのだろう。
「これで外からは見えない筈だよ。あまり私から離れすぎないでね」
「ならば皆で手を繋ぎましょう♪」
「さんせ~♪ ましろん♪ つなご♪」
「ええ♪ 心愛ちゃん♪」
既に十分村から離れていたし気付かれてはいない筈だけど、念の為先程よりも大きく迂回して森の中へと引き返した。
暫く森の中を進むと大きな湖が見えてきた。あの村からすれば十分過ぎる貯水量だけど、大都市を支えるものとしては確かに心許ないのかもしれない。
水を補給して湖の更に奥へと分け入り、開けた地面にノーブルちゃんのベッドを出して、その日は休む事にした。
「情報を整理しましょう」
恒例の時間だ。今日はさぞかし盛り上がる事だろう。或いは盛り上がれないだろうか。衝撃的な事があり過ぎた一日だった。
「先ずはこの辺りの状況について話すわね」
クールちゃんはある程度、情報収集を済ませておいてくれたようだ。
「ここはザルバール王国。あの王都を中心に、いくつか小さな村が点在するだけの滅びかけた国」
……正直薄々そうじゃないかと思っていた。あの砂塵の壁を背にした国だ。豊かな生活を遅れているとは思えない。
「隣国についての情報は得られなかったわ」
まさか国土の全てが砂塵の壁で囲われているのだろうか。どこにも逃げ場なんて存在しないのだろうか……。
「この森は"聖風の森"と呼ばれているわ」
風? 風なんか吹いてたかな?
「由来は聖なる風が"死の砂"を散らしてくれるから」
死の砂? 砂塵の壁の事?
「今朝戦った黒い獣達。あれらは死の砂に飲まれた動物達なの。あの動物達は元々この森に住んでいた者達よ。けれどある時から荒野を目指すようになってしまった。そうして息絶えた動物達があの黒い霧を纏ってこの国を襲っているの」
それで中型以上の動物達がいなかったのか……。
「けれどこの森だけは例外でね。あの黒い獣達も放っておいても勝手に崩れ去るそうよ。黒い獣達が運んでくる死の砂もこの森の中には残らない。何故なら神が守る土地だから」
なるほど。だから大して感謝もしていなかったのか。それにしたってとは思わなくもないけど。武士道ちゃん達のお陰でフェアリスちゃんが助かったのは事実なんだし。
「それでも物資の不足は深刻みたいね。動植物の成長が早まるわけでもないから。それに森の探索は国が厳しく管理しているのよ。王都に入れないって話もそこに関係していてね。基本的には出入りが認められていないのよ。国の擁する補給部隊だけが例外的に王都と森の行き来を認められているの」
「なんでそんな状況でうちらを追い出したの? 神の守る森から現れた異邦人なんてまさに神の遣いって感じじゃん。手厚く饗すのが普通じゃん?」
「信じてないんでしょ。それか見なかった事にしたいのよ」
「なんで?」
「未知は怖いものよ。物語ではありふれているでしょう? 食うに困る程生活に余裕が無いのなら尚の事ね」
定番だね……。残念ながら。
「後ろめたい気持ちもあるのでしょう。あの村人達でさえ基本的に森への立ち入りは認められていないの。もしお役人に私達を届ける事になった際、経緯を聞かれたらどうする? 私達がフェアリスと出会ったのは森の中よ? それが伝わればどんな目に合わされるかわかったもんじゃないわ」
フェアリスを庇う為にも仕方がなかったのかもしれない。それにきっと……。
「禁止はされていても日常的に忍び込んでいた筈よ。あの立地だもの。当然よね。きっと門番を引き受ける代わりに村の存在を認められている面もあるんじゃないかしら。だと言うのに異邦人に好き勝手踏み荒らされましたじゃ困るものね」
私達の存在は認められないよね。見なかった事にしたくもなるよね。
「恩着せがましく言っていたけど、向こうだって告げ口は出来ない筈よ。だからお前達も一緒だろって言いたかったの。自分達は見なかった事にするからお前達もこれ以上関わるなと言っていたわけ」
「う~ん……ならうちが」
「ダメよ。魅了を人に使う場面は選ぶべきね。彼らも生きる為に必死なだけよ。村長さんは村を守る為に最善手を選んだだけなの。その意思を特別な力で捻じ曲げるのは反対よ」
「……だよね~♪ ありがと♪ きっすー♪」
例え私達が一時的に洗脳する以外の危害を加えなかったとしても、それで歪んだ分の帳尻合わせは村人達に向いてしまうだろう。きっとあの村の人達が王国から罰せられてしまう筈だ。二人にはそれがわかっている。二人だけじゃない。皆もだ。だからあの時誰一人として言い出さなかった。
今になってギャルちゃんが提案したのも渋々だ。どうにもならない事を察したから、村人達よりも私達を優先しようとしてくれただけの事だ。クールちゃんが止めてくれて本当に嬉しかったのだろう。
「綺透さん。話は代わりますが冒険者とはなんですか?」
そういえばフェアリスちゃんが言ってたよね。
「おとぎ話の類ね。昔はいたみたいよ。世界中を旅する冒険者と呼ばれる人達が。或いはまだ存在するのかも。あの砂の壁の向こうに人がいるならの話だけど」
……想像以上に過酷な世界だ。最初はてっきり砂の壁の外にいるのかと思っていたけど、その逆だったのかも。私達は壁に囲われた、八方塞がりの国に放り込まれてしまったのかもしれない。




