01-11.手を繋いで
遭難から六日目。旅立ちから三日目。朝。
「本日はいよいよ森の外縁部に到達します! もしかすると近所に住まわれている方と出会えるかもしれません! 他にも気付いた事がありましたらいつでもお声掛けください♪」
今日も今日とてリーダーちゃんの明るい声が響き渡った。昨晩から僅かに続く重い空気を消し飛ばそうとしてくれている。皆もその気持に応えようと声を上げた。一人を除いて。
「……」
幼馴染ちゃんの表情が暗い。私と目を合わせてくれない。正直ショックだ。嫌われてしまったのだろうか。そんな筈はない。わかってる。わかってるけど不安が湧き出してくる。
あのメモには何か私に関する秘密が書かれていた筈だ。メモを見た皆は、それ以上話を続けようとはしなかった。リーダーちゃんが絞り出すように就寝を宣言しただけだった。
今朝も明らかに気を遣われている。皆が私を腫れ物のように扱っている。もちろん表面上は今まで通りを取り繕ってくれている。取り繕いきれていないのは幼馴染ちゃんだけだ。
それでも昨晩はいつも通り私を抱き締めて眠ってくれた。いつもより強い力が込められていた。息苦しくてもそれが心地よくさえあった。幼馴染ちゃんの好意が薄れてしまったわけでは決してない。そう感じ取る事が出来た。
けれど今は……。これは執着なのだろうか。彼女が目を合わせてくれない事が、手を繋いでくれない事が寂しくて堪らない。振り向いて笑ってほしい。意味もなく話しかけてほしい。私から目を逸らさないでほしい。彼女の体温を感じていたい。今まで一人だった私に散々教え込んだんだ。最後まで責任を果たしてほしい。今更捨てるなんて絶対に認めない。
「カゲリちゃん?」
私から手を握るとようやくこちらを見てくれた。まさかこんな簡単な事だったなんて。
「一緒に歩く?」
「(こくり)」
今日だけは我儘を言わせてもらおう。相変わらず言葉は出てこないけど。それでも意思を伝える事はとても簡単だ。ただ首を縦に振ればいいだけなんだもの。手を握って、目を見て、首を振る。それだけでこの子は私の願いを理解してくれる。叶えてくれる。本当に簡単な事だ。今だけはそう思う。
「……ありがとう。カゲリちゃん」
幼馴染ちゃんはほんの少しだけ微笑みを浮かべてくれた。
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「……ねえ、カゲリちゃん」
「?」
「カゲリちゃんは……」
聞きづらそう。……えいっ!
「っ!? かっかかっ!? キャゲげリちゃちゃん!?」
茶化そうと思って頬にキスしたら想像以上の反応が返ってきた。誰がキャゲゲリチャやねん。
「(ニコニコ♪)」
笑顔笑顔。今のはただの冗談。今だけのサービス。伝われ私の想い。
「……ごくり」
なんで生唾飲み込むの?
「……」
なんで目を瞑るの?
「……落ち着け……灯里」
なんだ。キス待ちしてたわけじゃないのか。
「ふぅ……よし」
落ち着いたようだ。やるじゃん。
「おっおおおおかえし! してあげるね!!」
落ち着け。
「(ふるふる)」
「なんでよ!?」
なんでこの子は今更頬へのキスくらいで盛り上がっているのかしら? 普段から身体拭くのにかこつけてデリケートゾーンもノリノリで弄ってくるくせに。
「(あれ)」
取り敢えず前方を指差してみた。
「あ! そっそうだね! 遅れてるもんね! 心配かけちゃうね! ふ♪ ぐふふ♪ また後でね♪ カゲリちゃん♪」
もうすっかり調子を取り戻したようだ。さくちゃんって欲望に忠実だよね。ちょっと身の危険を感じるよ(今更)。
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「~♪」
ご機嫌だ。今朝の様子が嘘のようだ。
「カゲリ。あなた危機感無さ過ぎですわ」
幼馴染ちゃんがお花を摘みに離れたタイミングを見計らって、ノーブルちゃんが話しかけてきた。若干呆れ気味だ。たぶん影メイドさんを通して一部始終を目撃していたのだろう。折角上がった評価値がまた少し下がったのかもしれない。
「アカリが煩悩に流されやすい質である事は身に染みている筈です」
もしかして夜の身体拭きタイムも覗いてた? そりゃそうか。幼馴染ちゃんがバシャバシャ使うお湯を補充してくれてたのはノーブルちゃんの影メイドさん達なんだし。前にも口頭注意で咎めてくれてはいたもんね。割と本気で心配してくれてるやつだ、これ。ありがとう。ノーブルちゃん。にっ♪
「またそんな顔をして。あなたが甘いからアカリも調子に乗るのです。やはりワタクシが守るべきでしたわね。次からは容赦致しませんことよ」
次って?
「カ・ゲ・リ・ちゃん♪」
幼馴染ちゃんが戻ってきた。
「なっ!?」
幼馴染ちゃんと私の間に割って入るように影メイドさんが現れた。
「カゲリはワタクシが運びますわ」
「なんでよ!?」
「先程遅れていたではありませんか」
「ぐっ! それは!」
「問答無用ですわ」
「けど!」
ノーブルちゃんは断固として突っぱねた。幼馴染ちゃんも皆に迷惑をかけるのは本意ではないので、結局は諦めて私が運ばれる事を受け入れた。
それからまた暫く歩いていくと、ようやく一旦の目的地である森の端へと到着した。先に武士道ちゃんからも言われていた通り、森の外は見渡す限り一面の荒野になっていた。
「砂塵……まるで壁のようですね」
どこを見渡しても同じ光景だ。荒野の先を天まで立ち上る砂嵐が塞いでいる。あそこに突っ込むのは無謀だと明らかに見て取れる。
「どちらに進むべきかしら」
二つに一つだ。右に進むか左に進むか。
「……左です。左の方が良い結果に繋がるようです」
リーダーちゃんが未来予知で何かを視たらしい。今更だけどそんな風に比較する事も出来るのね。便利な能力だ。
「行きましょう」
リーダーちゃんが真剣だ。いつものように明るい声がけをするどころか、珍しく声を潜めている。これは右側になにかあったのかもしれない。もしかしたら例の蛇女がいたとか。ダンジョン脱出とボス戦はセットだもの。ありそうな話だ。




