01-01.蛇さんに出会った
ここは……森の中? ……あれ? 痛くない? うん? あれ? なんで私そう思ったの? あれ? あれあれあれ?
「う、うぅ……」
っ!?
「……」
人? ……見覚えがある。というかクラスメイトだ。名前は……えっと……なんだっけ? なんかいつも皆の中心にいる子だ。背中しか見えないけどそれでもわかる。それくらいインパクトのある子だ。名前覚えてないけど。取り敢えずリーダーちゃんとでもしておこう。
「……」
恐る恐る回り込んで顔を覗き込んでみた。良かった。息はしてるみたいだ。それに外傷っぽいのもない。森の中の、それも地べたの上に寝転がっているのに普段の美しさが欠片も霞んでいない。私とは住む世界の違う存在だ。どうしてこんな子が同じクラスにいるんだろう。ううん。同じ世界に存在している事すら不思議なくらいだ。
そもそも私があんなお嬢様学校に入学することになったのだって何かの間違いだ。うちは普通の中流家庭だ。成績だって碌なもんじゃない。それがどういうわけか突然放り込まれてしまったのだ。
入学の三日前、いきなり両親に車に詰め込まれて、寮に(文字通り)投げ込まれたのだ。ギリギリ合格した地元の高校はどうなったのだろう。両親は何も教えてくれなかった。決して不仲という程でもなかった筈なのに。あれ以来一度も顔を合わせていない。電話の一本もくれはしなかった。
そもそもスマホなんて持ってなかったし。持ってても両親以外に連絡を取れる相手もいないから別にいいんだけどさ。それに何故か寮の部屋には私のPCが先回りして設置されてたし。パソコンちゃんが無かったら今頃脱走してたね。絶対。
あれから早数カ月。今は夏休みの真っ最中だ。近々合宿があるとかなんとか。特に部活も入ってないのに。流石はお嬢様学校だ。何のための合宿なのかは聞き流してたからわからんけど。そもそも日程すら把握してないし。
けれど問題無い。どうせいつものようにメモが差し込まれるから。私が学校のアレコレについていけてない事を誰かが察して気を遣ってくれているらしい。いつの間にか部屋や持ち物の中にメモが差し込まれているのだ。
まあね。私だって最初は警戒したさ。けど仕方ないのだ。あれが無きゃとっくに引き籠もってた自信あるもん。何せ普段から先生の言ってる事の半分以上わけわかめなんだし。こちとら一般の中学校でも落ちこぼれだったんだから。意識高い系の謎単語盛り盛り且つ、これまでの人生で一度も聞いたことが無いお上品で丁寧な語り口はかえって理解しづらいものだ。そもそも先生方は皆がスケジュールを把握している前提で話してるフシがあるし。落ちこぼれに厳しいのか優しいのかよくわかん学校だ。果たして進級は出来るのだろうか?
「っ……」
「!?」
やばい! 起きた!? 隠れなきゃ!?
「女神……様……?」
「!?!?!?!」
「……本宮さん?」
「!!」
まじか!? 名前覚えられてた!
「……あれ? ここはどこ?」
リーダーちゃんはゆっくりと身体を起こして当たりを見回し始めた。
「あなたが助けてくれたの?」
なにから!?
「行かなくちゃ」
どこに!?
「皆を探さないと」
リーダーちゃんは寝起きとは思えない勢いで立ち上がり、僅かに慌てて周囲をもう一度見回してから、何やら確信を持った様子で駆け出した。
「本宮さん! ついて来て!」
何が何やらわからないまま、駆け出したリーダーちゃんについていく……って!? 足速っ!?!?
そのままリーダーちゃんはあっという間に見えなくなってしまった。やっぱり私みたいなモブは折角認識されても一瞬で忘れ去られる宿命なのだろう……。
というかだよ? ほんとここどこよ? 私達どうしてこんな所にいるの? リーダーちゃんが誘拐されたのに巻き込まれたとか? あのお嬢様学校の生徒だもの。狙われるだけの理由はある筈だ。けれど私にそんな記憶は無い。特に後ろからハンカチを当てられるとかってイベントも無かった。意識を失ったせいで記憶も曖昧になってるとか? 或いはベットの上から直接攫われた? けど私今制服着てるんだよなぁ。
いや、そんな呑気な事考えてる場合じゃぁ無いんだよ。ここ森の中なんだって。今にもクマとか出てきそうなんだって。早くリーダーちゃん追いかけないと。諦めて足を止めてる場合じゃない。そう思ってはいるのだけど身体がついていかないのだ。脇腹痛い。千切れそう。
どうしよう……。
周囲のどこ見渡しても木! 木! 木! って感じだ。人っ子一人見当たらない。こんな時こそサバイバル知識の出番かもしれない。特に道具は無い。完全な手ぶらだ。物語の主人公達はどうしていたっけ。取り敢えず武器作ればいいのかな? けど斧みたいなのがあったところでクマに勝てる? 無理に決まってんじゃ~ん。兎にだって負ける自信あるよ。自慢じゃないけどこちとら体育だって落ちこぼれだからね。
「本宮さ~ん!!」
あ、リーダーちゃんが戻ってきてくれた。よかった。忘れられてなかったんだ……。
「凄い! もう見つけたんですね!」
え?
リーダーちゃんは草木をかき分けてしゃがみ込んだ。
「しっかり! 目を覚ましてください!」
リーダーちゃんが誰かを抱えている。女の子だ。一瞬でそう見て取れる特徴的な体つきだ。そもそも同じ制服だし。多分クラスメイトの誰かだろう。見覚えがある……気がする。
「うっ……」
「よかった! 気が付かれたんですね!」
「……くじょ……さん」
「はい! 九条 未来です! 朝比奈 茉白さん!」
紹介ありがとう。リーダーちゃんが九条さんで、このちょっとお母さん味を感じる子が朝比奈さんね。うん。覚えた。
「……あら? ここはどこかしら?」
「わかりません! 気がついたら森の中でした!」
え? リーダーちゃんもわかってなかったの? その割には自信満々に駆け出して行ったけど?
「……合宿場に着いたのかしら? 記憶が曖昧だわ」
合宿? まるでもう始まっていたかのような口ぶりだ。
「私もです! バスに乗った記憶までしかありません!」
バス? 乗った? いつ? 私それすら記憶無いけど?
「ありがとう、九条さん。もう大丈夫。他の子達も探しましょう」
「助かります!」
二人はテキパキと動き始めた。当然のように別方向へと駆け出した。私の事は置き去りだ。こんな森の中だと言うのに迷う素振りが一切見られなかった。
結局また一人で歩き出した私は、その後も何故か次々とクラスメイト達を見つけていった。いや、私が見つけたわけじゃないんだけども。正確には私が限界を迎えて立ち止まる度に駆け戻ってくるリーダーちゃんが見つけ出したのだ。なのに何故か私が見つけ出した事になっている。リーダーちゃんにそう言われるとそんな気がしてくる。不思議。
……まさかチート能力に目覚めたのか? とするとここは異世界? そういうアニメ大好き。……なんて呑気な事を考えている場合じゃない。ここには少女が八人。私含めてたったそれだけだ。なにせ他には何も無いんだから。強いて言うならあるのは森だけだ。絶賛遭難中。
「皆さん! 心配は要りません! きっと近くにバスか合宿場がある筈です!」
リーダーちゃんは前向きだ。
「そうですわね。ここにはワタクシが居るのですから。何の心配も要りませんわ」
アリシア・なんたらグレイスさんこと、高慢ちゃんは優雅に紅茶を飲んでいる。……うん? その椅子とテーブルはどっから? あと何? その黒い人型の……え!? 影!? メイド服を着た影!? やっぱり異世界だったの!?
「面妖な……」
神埼さんこと、武士道ちゃんが今にも斬りつけそうだ。ところでその刀は?
「本当に合宿場なんてあるのかしら?」
朝比奈さんこと、天然母性ちゃんが首を傾げている。よかった。ちゃんと疑問に思ってくれる人いたんだ。
「マジぱない! なにそれ!? アリリン!」
成海さんこと、ギャルちゃんは大興奮だ。驚きはしているけど怖がってはいないようだ。というか皆怖がったりなんてしてないけど。もう少し危機感持とうよ。
「影のメイド?……いやこれは……」
雪城さんこと、清楚クールちゃんは何やら意味深な言葉を呟いた。
「あれってカゲリちゃんの好きそうなやつだよね♪」
白銀さんこと、(自称)幼馴染ちゃんは気安く私に話を振ってきた。お願いやめて。パーソナルスペースって知ってます? そもそもあなた誰ですか? 急に幼馴染だったとか言われても困るんですけど……。だって私の幼馴染はさくちゃんだけだし。白銀 灯里さんとか知らんし。……あれ? でも面影ある? さくちゃんは小学校低学年の頃に引っ越しちゃったからそれ以来会ったこと無かったけど……。いやでも名前違うしなぁ……。
「みんな!!!」
「「「「「「っ!?」」」」」」
え? なに?
リーダーちゃんの指す方向を一斉に睨むクラスメイト達。自称幼馴染ちゃんが私に抱きついて前方に向かって手を伸ばした。……あれ? なんか私落ち着いてる? おかしいな。こんな風に抱きつかれたりなんかしたら普通はパニクるところなんだけど。自分で言うのもあれだけど私って人見知りだからね。正直このクラスメイト達に近づくのすら怖いくらいだ。なのになんだろうこの安心感。本当に幼馴染ちゃんは幼馴染だった?
「お行きなさい!」
高慢ちゃんが何かにメイド達をけしかけた。もしや魔物でも出たのだろうか。ダメだ見えん。幼馴染ちゃんが邪魔だ。ガッツリ頭をロックされている。辛うじて隙間から見えるのは……蛇? デカくね? それとなんだろうこれ。壁? もしかして幼馴染ちゃんが出してるの? なんか手のひらかざしてるし。それっぽい。幼馴染ちゃんは幼馴染で魔法使いだった? なにそれ詳しく!
「ふっ!」
影メイド達に少し遅れて武士道ちゃんも駆けていった。そのまま蛇に向かって刀を振り抜いている。全然見えない。相変わらず視界が狭いのもあるけど、そもそも速すぎて目で追えないやつだ。まじぱねえ。
「っかし~な~! 全然手応えないな~!」
ギャルちゃんも何かしているようだ。
「っ!? 退きなさい! そいつには勝てないわ!!」
清楚クールちゃんがさっきまでの落ち着いた雰囲気からは想像も出来ないような慌てた声を発した。
「大丈夫よ。二人とも」
むぎゅ……。
たぶん天然母性ちゃんが私と幼馴染ちゃんを纏めて抱き締めている。柔らかくて大きな何かが当てられている。幼馴染ちゃんの震えに気付いて母性が爆発したのだろう。あかん。私まで震えてきた。吐きそう。ちょっと離れて。とも言えない……。幼馴染ちゃんの震えは止まったっぽいし……。
「もう少し持ちこたえて! もうすぐですから!!」
リーダーちゃんの声には相変わらず確信が宿っている。リーダーちゃんにも何か不思議な力があるのだろうか。
……あれ? 私には?
おかしい。ここが異世界で、尚且つ私達がクラス転移的な何かに巻き込まれたのだとしたらだ。私にだって何か特別な力があってしかるべきだ。皆それぞれの力の使い方を当然のように理解している。私にも何かあるなら自然と理解出来るものなのではなかろうか。それとも落ちこぼれはこんな時でも落ちこぼれのままなのだろうか。
いや。そんな筈はない。私はきっとこの場の誰よりも造詣が深い筈だ。オタク度合いでだけならきっとクラスの皆にだって負けないだろう。だから一番わかっている筈だ。きっとそうだ。あれだ。特別過ぎて扱い方が難しいパターンだ。だから発現するのに少し時間が掛かっているのだろう。きっとそうに違いない。目覚めよ。我が力。なんかよくわかんないけど皆がピンチらしい。そして私もピンチだ。そろそろブラックアウトしそうだ。マジで離してほしい。でも口が開かない。心の中はこんなにやかましいのに。人見知りというか対人恐怖症なのではなかろうか。今まで気付かなかったけど。だって両親以外に抱き締めらた事なんて……いやあったか。さくちゃんは頻繁に抱き締めてくれてたし。幼馴染ちゃんの抱き締め方はよく似ている。こんな感じによく頭をロックしていたのだ。酸欠なのかもしれない。
「今です!!」
意識が落ちる寸前、最後に聞こえたのはリーダーちゃんの嬉しそうな声だった。




