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三秒の暗闇④

倉庫を出た海風は冷たく、塩の匂いを帯びていた。

夜の帳が重く、港の灯りは遠くで揺れている。

サラは肩にかかる外套を整え、視線を前方に固定した。


「……ルーファスは、なぜ三秒を選んだのか」


小声で自問しながら、サラは夜の闇を踏みしめる。

倉庫内のハワードの挙動、精霊の残響、微妙に揺れる紙片の落下――頭の中で再生されるすべての情報が、ある仮説を導き出す。


(心理実験……だけじゃない。

 三秒の暗闇は、対象の行動を“誘導”するための時間だった)


ルーファスは狡猾だ。

ただ観察するだけでなく、揺さぶり、焦らせ、次の行動を強制的に引き出す。

この仕掛けを利用して、何を得ようとしているのか――サラはまだ完全には掴めていなかった。


背後で、微かな風の気配。

スプライトではない。自然の風、しかし、計算されているかのように、サラの周囲に小さな揺れを作る。


(……あの男、まだ動く気ね)


倉庫の入口で待つルーファスの姿が、夜の闇に溶けて見える。

その視線は、直接サラに向けられているわけではないが、微かに心理戦を仕掛けている。


「……なるほど、分かったわ」


サラは外套の内ポケットから小さなメモ帳を取り出す。

その中には、魔法陣の設計、精霊の性格、風の流れ、そしてハワードの動きの記録がびっしりと書き込まれていた。


(ここからが本番……)


静かに息を吸い込み、サラは次の行動を決めた。

三秒の暗闇は、対象の視覚を奪うだけでなく、心理的な“動作の傾向”を確認する道具でもあった。

つまり、この情報を使えば、依頼人の狙いを逆手に取ることができる。


街灯の下、彼女は手元のメモを素早く確認する。

数字、線、風向き、精霊の性質……すべてが次の魔法を成功させるためのパズルピースだ。


(ルーファスは、ハワードをどう動かしたいのか……)


瞬時に考える。

彼は恐怖や混乱を楽しむわけではない。

計算して、動かして、得たいものを引き出す――それが狙いだ。


サラは指先で小さな円を描く。

頭の中では、次の魔法陣が浮かび上がり、精霊の配置、発動時間、成功率まで計算される。


(この夜、私はただの道具じゃない。

 観察される側ではなく、操る側にならなくちゃ)


海風が吹き、塩の匂いが鼻をかすめる。

しかし、サラの心は冷静だ。

夜の闇の中、次の一手が鮮明に見えていた。


ルーファスは倉庫の入口で微動だにせず、計算を続ける。

サラはその視線を利用し、魔法の準備を整える。


「……行くわ」


小さく呟き、サラは足を進める。

三秒の暗闇で掴んだ情報を武器に、次は依頼人を“揺さぶる番だ”。


倉庫の影、海風、微かな塩の匂い――すべてが、サラの計算に組み込まれる。

心理戦の盤上で、彼女は静かに駒を動かす。


夜はまだ深く、海面は鈍い光を反射する。

しかし、サラの心はすでに、次の三秒を見据えていた。

海風はまだ冷たく、夜の湿った匂いを運んでいた。

倉庫の裏手に身を潜めたサラは、静かに外套のポケットからチョークと小さなコンパスを取り出す。

次の魔法を設計する時間だ。


「……さて、次は慎重に」


手元のメモ帳には、先ほどの三秒の暗闇で得た情報がびっしりと書き込まれている。

風の強さ、精霊の性質、対象の心理――そのすべてが、次の魔法の成功率に直結する。


サラはコンパスを使い、地面に慎重に小さな円を描く。

魔法陣は前回より複雑だ。

小さな補助円が四つ、主要円を取り囲むように配置されている。

精霊の誘導経路も考慮しなければならない。


「精霊の動き、計算済み……」


そう呟き、サラは足元のチョーク粉を軽く指で撫でる。

風スプライトが近くで興味津々に舞い上がり、チョークの粉を蹴散らす。

しかし今回は予め想定済みだ。

サラは微笑みながら粉塵の動きを読み取り、魔法陣の補正を即座に頭の中で修正する。


(0.7秒の遅延、角度3度……成功率は82%)


魔法の成功率は完璧ではない。

失敗すれば、暗闇の時間が長すぎたり短すぎたり、対象にとって不自然な動揺を引き起こす。

それだけで依頼人の計画に狂いが生じる可能性もある。


「……でも、リスクを恐れてはいられない」


サラは深く息を吸い、両手を魔法陣の中心に置いた。

精霊の気配を感じ取り、微妙な風の流れを指先で追う。


「行くわ」


小さく呟き、再び魔法を開始する姿勢を取る。

空気が震え、チョークの線がかすかに光る。

前回より複雑な魔法陣だが、彼女の集中は途切れない。


風スプライトが再び乱入する。

舞い上がる粉塵、渦を巻く風――前回より複雑な妨害が予想される。

しかしサラは冷静だ。

一瞬の動揺もなく、指先で魔法陣を補正する。


(精霊は予測済み……でも、完全には制御できない)


魔法陣の補正に集中する間、後ろの倉庫の入口でルーファスが微かに動く。

懐中灯の光は消え、目だけがサラを追っている。

彼の微妙な呼吸や視線の動きが、次の魔法の条件に影響を与える。


サラはそれを瞬時に計算に組み込み、成功率を再評価する。


(……78%。ギリギリだけど、やるしかない)


魔法陣の中心で呼吸を止め、サラは最後の確認をする。

足の位置、指の角度、微妙な風の流れ、精霊の予測行動――すべてが整った瞬間、彼女の手から微かな光が放たれる。


「――今よ」


サラの声に合わせ、魔法陣が光を帯び、空気が歪み始めた。

風スプライトは渦を巻き、舞い上がる粉塵が光の軌道にかかる。

しかし、サラは微笑みながら光を補正する。

微妙な揺れを読み取り、軌道を修正する。


「……効いてる」


目の端で確認すると、倉庫内のハワードの動作は依然として焦っている。

三秒の暗闇よりも、さらに不安定な動き。

依頼人はまだ完全には掌握していないが、サラの計算通り、心理的揺さぶりは成功している。


夜風がさらに強く吹き、魔法陣の光をかすめる。

しかし光は消えず、精霊の妨害もぎりぎりで制御されている。


「……次は、あなたの番ね」


小さく笑い、サラは魔法の持続を確認する。

倉庫の中、ハワードの目は光を避け、手は不自然に動いている。

依頼人ルーファスも、微妙に動揺している。


サラは静かに息を吐いた。

次の三秒のために、すべての準備は整った。


海風が吹き抜ける。

夜の闇の中で、サラは冷静に次の瞬間を待つ。

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