第8話「序列評価試験ー後編ー」
無機質な照明が照らす教室に、時間だけが静かに流れていた。
試験開始から四十分。
各チームに与えられた課題は、論理・知識・行動の三分野に分かれた複合問題。
制限時間は六十分――残り二十分。
「次の問題、条件整理できた?」
東雲リナの声が響く。彼女はホログラムに浮かぶ数式群を素早く指でなぞった。
「三桁の連続数を組み合わせて……合計値を一定に。
このパターンなら、上位四通りで固定されるはず」
「……確認済みだ。リナ、提出を」
神崎黎が短く言う。その冷静な指示に、誰も逆らわなかった。
アリスが視線を動かし、淡く頷く。
「了解。――System、解答を送信」
> 《解答、受理》
淡い音が鳴り、次の問題が自動で投影される。
その瞬間、チーム全体が小さく息を吐いた。
「やっぱすごいな……」
蒼は思わず呟いた。
彼らの判断力、連携、思考速度。
どれも自分には届かない。
自分がこのチームに“いるだけ”の存在なのが、痛いほど分かる。
そんな蒼を横目に、久堂イサナが淡々と次の課題文を読み上げる。
「――空間構造を把握し、出口の座標を算出せよ。制限時間、五分」
神崎が笑みを浮かべる。
「よし、俺の得意分野だ」
彼はすぐにホログラム上で構造を展開し、指先で空間を組み替えた。
まるで迷宮の道筋を読み解くように、次々と解法を導く。
リナが補足し、アリスが最終確認。
五分後、再び《解答、受理》の音が響いた。
――残り時間、十五分。
ここまで、順調だった。
空気にわずかな安堵が広がる。
だがそのとき、画面がふっと暗転した。
> 《最終問題を開始します》
無機質な声。
白い光がモニター上に渦を描き、やがて一文が浮かび上がる。
> 《光は、何を照らす?》
その瞬間、空気が変わった。
さっきまでの数理的な問題とはまるで違う。
誰もが息を止める。
「……なんだこれ」神崎が眉をひそめる。
「哲学の問題?」とリナが呟いた。
「詩的すぎる。Systemの出す問題にしては、あまりにも抽象的だ」イサナがぼそりと漏らす。
アリスがゆっくりと立ち上がった。
「きっと、意図がある。Systemが“私たちの思考”を試してる」
神崎が反射的に言い返す。
「考えてる暇はねぇ。残り十分だ」
それぞれが意見を出す。
「光は希望を照らす」
「真実を照らす」
「道を照らす」
「未来を、かも」
だがどの言葉も、どこか“違う”と感じた。
画面は沈黙したまま。
《解答拒否》の文字が淡く消えていく。
――胸の奥で、ざわめきがした。
蒼は手を握りしめる。
この空気、この問い。この違和感。
なぜか、自分の中のどこかが反応している。
光が、何を照らすか。
それはきっと“理想”や“未来”じゃない。
光が照らすのは、目に見える“現実”だけだ。
そしてその裏には――いつだって、影がある。
モニターの端で、かすかにノイズが走った。
∞のような形が、一瞬だけ浮かんだ。
息を呑み、蒼は口を開く。
「……光は、影を照らす」
その声に、全員が振り向いた。
神崎が呆れたように眉を上げる。
「お前、今さら何を――」
> 《解答、受理》
その声が響いた瞬間、世界が一変した。
壁が滑らかに開き、まぶしい白光が差し込む。
静寂。
誰も動けなかった。
「……今の、正解……?」リナの声が震える。
イサナが端末を操作する。「判定は……“合格”。でも、出題コードが通常と違う。Systemの管理外?」
「は?」神崎が目を見開いた。
その中で、アリスだけが微かに笑った。
ほんの一瞬、寂しげに。
「やっぱり……あなた、何か知ってるのね」
蒼は何も言えなかった。
胸の奥が熱く、そして冷たくなる。
――何が起きたんだ。
なぜ、自分は“分かった”のか。
答えは、まだ光の向こう。




