第6話 「彼女は、光のように」
――光とは、いつだって残酷なまでに美しい。
序列発表から数日が経った。
学園の空気は、驚くほど平穏だった。
最下位の生徒が誰かなんて、誰も気にしていない。
むしろ、日々更新されるSystemの通知や、Rank Nodeの増減に一喜一憂しながら、
誰もが今日を生きることに忙しかった。
εクラスの教室では、無機質な端末の光が並び、
静かな電子音が規則的に響いている。
講師もいない。授業はすべてSystem:∞によって進行する。
淡々とした合成音声が流れ、生徒たちは画面に向かって指を動かす。
間違えれば減点、早ければ加点。
すべては自動で処理され、誰も何も疑わない。
蒼は、視界の端に浮かぶ小さなグラフを見つめた。
Rank Nodeの微細な波。
上がっても下がっても、心は動かない。
「数字で生きる」という現実に、もう慣れたつもりだった。
だが――心のどこかで、まだ引っかかっていた。
あの夜、ランキングの光の中で見た“∞”のノイズ。
あれは何だったのか。
幻覚なのか、Systemの誤作動なのか。
どちらにせよ、それを確かめる手段はない。
Systemは、問いかけに答えない。
⸻
その日の午後、全クラス合同の講義が開かれた。
場所は学園の中心ホール。
透明なドームの天井から、白い光が降り注ぐ。
テーマは「秩序と成長」。
講師として壇上に立ったのは、教師でもAIでもなく――一人の生徒だった。
《天音 アリス。現在の序列第一位。》
ざわめきが起こる。
その名を知らぬ者はいない。
Systemに選ばれ、常に首位を維持し続ける“特待生”。
彼女の存在そのものが、この都市の象徴だった。
アリスは白い制服に身を包み、金の髪が光を反射していた。
まるで彼女自身が光を発しているように見えた。
立ち姿は完璧で、どの角度から見ても美しい。
けれど、蒼はその美しさに“温度”を感じなかった。
「秩序は希望です。
混乱は人を傷つけ、正しい価値を見失わせます。
Systemは私たちを導き、正しい選択を助けてくれます――」
穏やかな声。だが、それはどこか人工的だった。
まるで、人間が話しているようでいて、人間ではないような。
周囲の生徒たちは熱心に聞き入っていた。
誰もがその言葉にうなずき、称賛の拍手を送る。
講堂は静かな熱気に包まれ、
アリスの一言一言が“正解”として刻まれていく。
蒼は、その光景をただ見つめていた。
ふと――胸の奥が冷たくなる。
“正しすぎる”言葉ほど、どこかに歪みを孕む。
(本当に……それが、希望なのか?)
思わず、心の中で呟いた。
Systemの耳が、そこまで聞いているのではないかと、
一瞬、息を止めてしまう。
⸻
講義が終わり、拍手が響く。
アリスは一礼し、舞台の奥へと消えていった。
その瞬間まで、彼女の姿勢は一ミリも乱れなかった。
光そのもののような、完璧な均衡。
けれど、蒼の胸には奇妙な違和感が残った。
それは、誰も気づかないほどの微かな“ずれ”だった。
⸻
放課後。
人影の少ない廊下を、蒼は一人歩いていた。
天井のパネルライトが一定のリズムで点滅する。
遠くで機械の羽音が聞こえる。
この都市では、沈黙さえも機械の管理下にある。
ふと、前方の角を曲がった瞬間――
白い光が視界を満たした。
アリスだった。
彼女は誰かと話すでもなく、まっすぐ前を歩いていた。
その歩調は静かで、足音さえ響かない。
まるで、現実の中に差し込んだ幻のようだった。
蒼の呼吸が止まる。
心臓の鼓動が、やけに大きく響く。
アリスの金の髪が、すれ違いざまに揺れた。
その一瞬、
彼女の視線が――確かにこちらを見た。
冷たい空気が、肺を締めつけた。
同時に、蒼の端末が小さく震える。
《……識別コード:∞……》
ノイズのような電子音が耳の奥を打ち、
すぐに画面は通常の表示へと戻った。
アリスは何も言わなかった。
ただ、光の中に溶けていくように去っていった。
残されたのは、
白い残光と、胸の奥のざらついた違和感だけ。
⸻
蒼は立ち尽くしたまま、
手のひらに残る微かな震えを見つめた。
あの一瞬。
Systemと同じ“∞”の記号が、確かに反応した。
――なぜ、彼女を識別した?
――Systemは、何を“観測”している?
沈黙の中で、答えのない問いだけが浮かぶ。
都市の光は、すべてを照らしているようで――
その下には、誰も知らない“影”があった。




