第5話 「光の頂、影の底」
――時間は、驚くほど均等に流れていく。
《アカデミア・ルミア》に入学してから、一ヶ月。
天城蒼の生活は、規則正しく、そして退屈だった。
朝は七時に起床、八時半に登校。
授業、昼食、課題、寮への帰還――。
System:∞が管理するスケジュールは誤差すら許さない。
Rank Nodeは日々変動する。
提出の早さ、発言の内容、行動の速度、他者への反応。
そのすべてが評価され、加算も減算も自動で処理される。
それでも、数値の正確な基準は誰にも分からなかった。
自分が何をすれば上がり、何をすれば下がるのか――。
System:∞は教えてくれない。
けれど、生徒たちは慣れていった。
不安も、監視も、もはや“日常”の一部として受け入れていた。
⸻
放課後の共有ラウンジ。
蒼は自販機の前でコーヒーを選び、電子音を聞いた。
《消費行動:軽度減算》
何気ない行為ひとつに、機械の評価が下る。
彼はため息をつきながらカップを手に取った。
「また減った?」
隣で声をかけたのは御影湊だった。
同じクラスの中では、少し成績が良く、誰からも話しかけられる性格だ。
「……ああ。どうやらコーヒーも“無駄”らしい」
「マジか。俺は紅茶にしとこ」
軽口を叩きながらも、湊は端末を見て微笑んだ。
その目に映る数字が、少しずつ上がっていることを蒼は知っている。
湊は笑いながら言った。
「お前さ、序列まだ上がらないの?」
「……さあ」
「まぁ、最下位から上がるのも時間かかるよな」
彼の声は悪意がない。
けれど、蒼の胸には小さな棘のように刺さった。
⸻
一ヶ月が経つと、学園ホールでは恒例の《序列ランキング発表》が行われる。
全生徒百名――それぞれの順位が公開される一大イベント。
天井から光が降り注ぎ、壁一面に巨大スクリーンが映し出される。
電子の輝きの中で、無数の名前が並び、次々に更新されていく。
《System:∞より告知。今月度 序列ランキングを公開します。》
歓声。ざわめき。
息を飲むような緊張がホールを包んだ。
その中で――
誰もが注目する“頂点”の名が、ゆっくりと浮かび上がる。
《第1位:天音 アリス》
瞬間、会場がざわついた。
その名前を知らない者はいない。
入学以来、一度も順位を譲ったことのない“完全なる首位”。
壇上に立つ少女は、淡い金髪を揺らし、静かに頭を下げた。
Systemが理想とする「光」の象徴。
表情に感情はなく、ただ、完璧な笑みだけが浮かんでいた。
「やっぱアリスか……」
「当たり前だよな。あいつ、授業も全部パーフェクトだし」
周囲の生徒たちは憧れと畏怖の入り混じった声を漏らす。
蒼は、その光景を黙って見上げていた。
まるで“光そのもの”のような存在。
しかし、その完璧さに――どこか“冷たさ”を感じた。
⸻
そして、順位は下へ下へと進んでいく。
第98位。
第99位。
そして最後に、
ホールの片隅に映し出された名前。
《第100位:天城蒼》
誰も笑わなかった。
誰も見なかった。
ただ、淡々とスクリーンが次の映像に切り替わっていくだけだった。
歓声と拍手の中で、蒼はひとり立ち尽くしていた。
それでも、彼の胸には言いようのない違和感が残る。
System:∞が発した、ほんの一瞬のノイズ。
《……観測中……》
《識別コード:∞》
誰にも聞こえない電子音が、静かに脳裏を打った。
その意味を知る者は、まだいない。
光の支配するこの都市で、
影がわずかに揺らぎ始めていた。




